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椅子

行きましょうか
そう言って立ちあがったあなたの
耳のふくらみでゆれていた午後の陽が
まだそのあたりで立ち去りあぐねている
そんな気がしたことのあるその椅子に
あなたが腰かけていたのはいつだったろう
それとも黙ったまま
あなたがその場所にいたということ
そんなことなど本当は
ありはしなかったのかもしれない
たったひとりの夜のまんなかで
こんなことを想いながら
そこに腰かけていた誰かがいてもいいだろう
けれどもいまは確かに
その椅子には誰もいない
駆けぬけていった夏の果てには
つめたい雨の痛さだけが置き去られていて
女手の宛名文字が
濡れて読めなくなってしまっている
手紙はとうに行方不明で
そのひとの捨てていった海のなかを
今日も捜してみたのだけれども
なにもない
だからたったひとつ
いつまでも雨にうたれていてその椅子は
通りすぎていったたくさんの
陽にやけた背中ばかりを想い浮かべている

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青山勇樹
あなたの心に、言の葉を揺らす優しい風が届きますように。光と戯れる言葉のきらめきがあふれますように。