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道草を食えなかった漱石

『道草』夏目漱石

みんな金が欲しいのだ。いや、金しか欲しくないのだ――。
晩年に自身の苦悩を著した、唯一の自伝的小説。
漱石が「人生に悩んで悩んでこれ以上ないほど悩みぬき」生まれた傑作。
海外留学から帰って大学の教師になった健三は、長い時間をかけて完成する目的で一大著作に取りかかっている。その彼の前に、十五、六年前に縁が切れたはずの養父島田が現われ、金をせびる。養父ばかりか、姉や兄、事業に失敗した妻お住の父までが、健三にまつわりつき、金銭問題で悩ませる。その上、夫婦はお互いを理解できずに暮している毎日。
大正(1915)年、朝日新聞連載。「こころ」に続く作品。近代知識人の苦悩を描く漱石の自伝的小説。

それまでの作品にあるような淡い恋心も明治の時代精神も語られず、漱石の自伝的要素の私小説的作品。夫婦関係と金を借りにくる親戚(育ての親と妻の親)の現実的なリアリティある物語はより散文的だ。家父長制的な漱石の一面や今だったら結婚せず独身者の方が良かったんだろうなと思える。漱石の作品では失敗作なのか?けっこう問題作だとは思う。

漱石(のモデルである主人公の健三)が近代人の合理主義を抱えながらエゴイズム的な生き方を求めているのに対して世間に負けてしまう、その不平不満が妻との関係にも影響して病的な相互依存的な家庭にならざる得ない。これが現実なのでは?助産婦がいない夜に三女を出産を手伝うシーンが山場になっているが、そのときに自分が手助けして生まれた子供を可愛いとは思えずブヨブヨした不安定な存在にしか思えなかった。その人間の原初の形を観た後にその娘を抱きかかえる母親である妻のシーンで小説が終わる。部外者である主人公のやるせなさ。(2017/07/28)


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