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蜉蝣なのは現実なのか虚構なのか浮舟入水問題

『源氏物語 54 蜻蛉 』(翻訳)与謝野晶子訳(Kindle版)

平安時代中期に紫式部によって創作された最古の長編小説を、与謝野晶子が生き生きと大胆に現代語に訳した決定版。全54帖の第52帖「蜻蛉」。宇治の山荘では浮舟失踪に騒然としていた。書き置きから入水したに違いないと悟り、母は遺体のないまま葬儀を終えてしまう。浮舟の死に悲嘆し病に臥せる匂宮を見舞った薫は、二人の関係を仄めかしつつ浮舟が不憫でならないと落涙するのだった。平安時代中期に紫式部によって創作された最古の長編古典小説を、与謝野晶子が生き生きと大胆に現代語に訳した決定版。

Amazon紹介文

浮舟失踪後日談という感じか?ただみんながみんな隠蔽工作に走るんで、もしかした本当に行方不明なのかもと思わなくもない(伊勢物語の露と消えてしまう姫伝説に言及)。それが浮舟生存説を呼び起こすのだろうか?与謝野晶子訳では自殺と書いてしまっているが。入水して魚になったとか太宰なら書きそうだ。当時の姫様ならとても一人では生きていけないと思うが東国の野生の姫だったら、あるいはそういう知人がいるのかもしれない。やっぱこの帖は噂が噂を呼んで徘徊していきながら蜻蛉のようになっていく実体ではないだろうか?実体のない葬儀や追善供養は残された者のためにあるのかもしれない。忘れるために。いや、ラストに蜻蛉の宮とか出てきてまた娘が.........。


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