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芥川賞(井戸川射子『この世の喜びよ』、佐藤厚志『荒地の家族』)を読む。

『文藝春秋 2023年 3 月号(三月特別号)』

防衛費大論争
財源は増税か借金か? 
トマホークは使えるか? 
萩生田光一×山下裕貴×小黒一正×中西輝政

●キーウ在住のジャーナリストによる最新報告
怒りと裏切りのウクライナ 古川英治
台湾最前線ルポ「中国の意外な弱み」 安田峰俊

不老長寿への挑戦
新連載 老化は治療できるか 河合香織
人は何歳まで
生きられるのか── 
最新研究の現在地

ビッグデータが教える「百寿者の食卓」 新井康通
「一〇〇年筋肉」を鍛えよう 大村崑×巽一郎
米国大富豪の若返り大作戦 大野和基
老いるショックと射精道 みうらじゅん×今井伸


脱アベノミクス宣言 平野信行・翁百合

安倍晋三秘録6 金正日・正恩との対決 岩田明子

あなたのスマホが招くサイバー攻撃 北村滋

第168回 芥川賞発表
喪服売り場で働く女性を通して描く子育てのリアル
この世の喜びよ 井戸川射子
受賞者インタビュー 「羅生門」は授業で必ず教えてきた

選評 小川洋子
平野啓一郎 島田雅彦
山田詠美 川上弘美 吉田修一
奥泉光 松浦寿輝 堀江敏幸
受賞者インタビュー 暗くても救いがなくても書く
荒地の家族 佐藤厚志 
仙台在住の書店員が刻みつける震災の痛苦


十三回忌 立川談志は死んでない 毒蝮三太夫 聞き手 生島淳

昭和歌謡の黄金時代を語ろう 都倉俊一
「ひと夏の経験」「どうにもとまらない」「ペッパー警部」……

泣いて笑ってシャイロック 池井戸潤×阿部サダヲ×本木克英

メッシ「書かれざる真実」 宮下洋一
W杯女性初審判! ピッチで頭真っ白 山下良美

ヘンリー王子〝暴露本〟の読みどころ 多賀幹子
文藝春秋が報じた世界の肉声 小倉孝保

一周忌に初公開
石原慎太郎夫妻「愛の俳句集」
お雑煮のこくがあるなと夫の言う
解説・石原延啓

菊池寛 アンド・カンパニー15 鹿島茂

仁義なきヤクザ映画史 特別編 伊藤彰彦
記者は天国に行けない14 清武英利
病葉草紙 第三話 後編 京極夏彦
有働由美子対談50 佐藤千矢子 毎日新聞論説委員
新世界地政学138 船橋洋一
ハコウマに乗って25 西川美和
日本の地下水脈29 保阪正康
ゆびさきに魔法20 三浦しをん

BOOK倶楽部
▼中島岳志、原田マハ、出口治明、平松洋子
▼今月買った本 本上まなみ  
▼著者は語る  
▼新書時評

ベストセラーで読む日本の近現代史 佐藤優

グラビア
▼日本の顔(祖父江慎)
▼名品探訪17「名作椅子」
▼名画が語る西洋史127 
▼新・短期連載3「奇跡の温泉」
▼小さな大物(大越健介)
▼目耳口
▼至福の贈り物15(モーリー・ロバートソン)

ケーニヒスベルクの橋 古風堂々46 藤原正彦
司馬遼太郎生誕一〇〇年からの連想 上村洋行
富田メモと銃後の思い 井上亮 
イタリア人が読んだ『真珠夫人』 イザベラ・ディオニシオ
つまるところ方言の話 松尾諭
「週刊朝日」休刊に寄せて 森下香枝
梶山季之の季節 大下英治
矢崎泰久さんの思い出 立木義浩
龍之介・再び 日本人へ234  塩野七生

出版社情報

第168回 芥川賞発表選評

『文藝春秋』芥川賞特別号。まっさきに読むのは選評なのだが、井戸川射子の評価が高った。

小川洋子が積極的に推しだった。読むポイントをゲーセンのおじさんから貰ったパウンドケーキを見事に均等に割る場面に言及している。主体(あなたという二人称)の二人の姉妹の娘がいる生活感覚が発揮されるのだ。現在と過去が溶け合うと表現している。

続いて平野啓一郎は、ヴァージニア・ウルフの意識の流れに触れて、ショッピングモールに来る人々のさりげない描写に多様な人物と人間関係を見る。ただ対立関係は微妙だという意見は、少女とあなたについて言っているのだろう。少女に寄り添いすぎという感じか?自己承認欲求だけを満たしているという。

島田雅彦は純文学の王道というべき作品だと。読みにくさがあるのだが慣れてくると引き込まれる感じ。

山田詠美は平野啓一郎と重なるのだが、喪服売り場のあなたの象徴性に言及して、喪が明けたからと言って喪の最中にいるものの気持ちに及んでいないと。少女の絶望についてだと思うが、あなたの受け止め方がいい先生的というか著者が教師だからその影響があるのかなと思う。不良少女は教師なんて信じちゃいないということだろう。今回は山田詠美がうるさ型の役。もうそのポジションかもしれない。

『荒地の家族』は保守的な純文学というところだろうか?実験的な作品がある場合、取り合わせでこういう作品が選ばれやすい。東日本大震災を描いている実体験風な三人称小説か?文体は中上健次のような感じだけど、途中で電信柱の描写とか宮沢賢治を想起させた。東北の話だからか?

川上弘美は胆力がある作品だとする。胆力ってなんだろう?文章力という感じか?吉田修一がべた褒めだな。運命的な不合理な自然の中で生活する人々を描いているから。植木屋の一人親方というのも良かったのだと思う。自然に携わる職業だし。自死する同級生を描いているのだった。歯車が狂ってしまった。

奥泉光はリアリズムがしっかり描写しているとする。松浦寿輝は、直球的な純文学という。堀江敏幸は不幸な大人を描いている一方に息子の笑いに希望を託す。家族小説だからな。

『この世の喜びよ』 井戸川射子

二人称の小説。ヌーボロマンとかの実験小説や日本だとわりと純文学作家によって用いられる手法。先日読んだ三島賞受賞作の三島賞岡田利規『ブロッコリー・レボルーション』も二人称小説だった。もはや珍しくはない。

井戸川射子は受賞インタビューで二人称にしたのは、主体となる人物の距離感で、子育ての苦労を未来からながめてみたかった(著者はいまが子育て真っ最中なので)ということであった。客観描写なのだが三人称よりも突き放した感じではなく、語り手が見守る視線なのだという試みは成功していると思う。
それは子育てを終えた「あなた」が今度はショッピングモールの人々を見守る視線を兼ねているからだ。その中に孤独な少女がいる。ショッピングモールで時間を潰す家に帰れない少女。その少女との何気ない会話から苦しかった二人の娘の子育て時代振り返る。
娘がショッピングモールの床に食べ物(飲み物か?)をこぼしてしまい咄嗟に床を娘のよだれかけで拭くのだが、よだれかけは汚れていて、余計に床に汚れが広がってしまう。それを足で何気なくやっている情景がなんとなく印象に残っている。そのときの母親の怒りというか、やるせなさの気持ちなど。そういう負の感情を遠くの記憶でしかない、今は二人の娘も成長していて祝福に満ちているのだ。それを分け与えているのが「あなた」という存在かもしれない。
ただ少女が素直すぎるのか。タメ口で「あなた」を完全に信用している人物のように描かれている。そこに教師=生徒関係のようなものを山田詠美は見出したのではないか?

少女の素直さが問題なのだと思うが、そのタメ口感が今どきの中学生を見ているようで面白かった。なんていうかシスターフッド的な作品だと思うのだ。娘たちの関係も親子というより姉妹的な。その裏にあるどろどろとした感情は出て来ない。というか母親目線だからか?

ただ作品としては祝福感という読書の楽しみに溢れた作品だとは思う。暗さがないのだ。ネガティブさがなくポジティブな作品。

『荒地の家族』佐藤厚志

東日本大震災で被災した人々を描いたリアリズム小説。『この世の喜びよ』が実験的な作品だとすれば、伝統的なリアリズム純文学で芥川賞同時受賞はバランスを取った感じか。

主人公が植木屋の一人親方で文体的には中上健次を想起する。中上健次が開発する土建業を描いたのに対して、こちらは木を植える仕事。庭木だけど「ハナミズキ」が象徴的に登場してくるのは、一青窈の歌からなのか?

イメージ的に近いような。海岸線に打倒された電信柱とあらたに開拓して建てられる電信柱が象徴しているのは造成地としての街並でそれは地震によって破壊された街の立て直しもあるのだが、そのことによって切り崩されていく自然をも象徴している。地震は自然災害と共に人災でもあったのだ。

そしてその傷を抱えながら生きる人々が描かれる。主人公は息子がいるが再婚相手に逃げられてストーカー行為のようなことをする。本人には別れる理由がわからない。他者としてよりも何でも知り尽くしている身内として見ているから、二人の関係性の齟齬に気が付かなった。また同じ場所で育った同級生の変わり果てた姿を目にする。彼もまた他者なのだ。他者のわからなさに付き合いながら理解しようとする主人公のもがきがテーマか?

息子がいるのだが、危険な遊びばかりして怪我をする。それでも楽しそうに同級生と会話している。そういう時代もあったと気づくのだろう。ただ同級生をこの街と共に見守るしかないんだという悟りのような文学だろうか?ラストの息子の笑いに救われる。


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