チェーホフ劇のようなクリスマス家庭劇
『冬』アリ・スミス/著 、木原善彦/訳(新潮クレスト・ブックス)
イギリスのブレグジット(分断社会)を扱ったクリスマス・ストーリー。コーンウェル(アーサー王伝説の保守的地域)に住む母の家でクリスマスを開くためにアート(アーサー)は妻と喧嘩状態の為に代わりを移民の女子に代用してもらって訪ねるのだが、保守的な母とは正反対の反権力運動好きの母の姉も久しぶりに集まってのクリスマス。チェーホフの家庭劇のような会話劇に過去のエピソードを絡ませながら物語が進んでいく。過去のエピソードが絡んでくるのでストーリーは単純とは言い難く複雑だが、4人の侃々諤々の対話劇で面白い。
ディケンズ『クリマス・キャロル』の現代版ということだった。『クリスマス・キャロル』を翻案としているらしいのだが、それはよく分からなかったが(昔読んだが忘れている)、他にシェイクスピアやイギリス文学の話題など知的な会話の中に、政治的対立の姉と妹にうまい具合に取り持つクロアチア移民の娘ラックスはアートの彼女(妻だと思っていたが)の代理でやってきたのだが、機転の効く性格であり母からも好かれて母と息子の秘密を告白されたりするのだ。
家族劇というより家庭劇でありクリスマスでの数日間の出来事が徐々に変化していていく様子が洒落たストーリーになっているのはクリスマス・ストーリーだからだろう。回想シーンがイギリスの社会性を背景としているので単純ではないが、姉の行動は日本の反核運動や環境運動のような感じ。リベラルな仲間が集まってくるのだが母は芸術肌だから対立してしまう。骨董屋のような商売をしていたのだが不景気で店じまい状態。
不景気な関係から良好な関係になっていくポイントに移民の娘ラックスの粗存在感。彼女は今風のピアス娘(パンクファッション風?)だが移民で苦労しているので知的で人あしらいが上手い。アートは最初はだたの代行業の娘だと考えていた(ビジネスライク)が、最後の方は恋心を持ってしまいそうな予感を感じさせる(それはオヤジの勘違いなのだが、そういうことはありそうな)。姉妹は喧嘩ばかりしているので、人生でもっとも美しかった話をしようとなって、彼女は図書館の稀少本であるシェークスピアの本に挟まれていた薔薇の押し花の話をする。
このエピソードが素晴らしいのは、シェークスピアを読む人に取っては薔薇といってもシミでしかない汚れなのを(特に稀少本となればあってはならない汚れなのだ)、それを薔薇の栞と感じるその娘の感性。それは実際にそのシェークスピアを読んでいた者がいてそこのシーンにときめいたのかもしれない。その同時性を感じるということ。それは現在のシェークスピアの稀少本という価値よりも美を見出す。それは骨董商であるアート家にはない感性だった。
母であるソフィアはソ連のロケット犬が発射されて地球に戻ってきて死んでいたという事実。それは姉によって、発射されてすぐに即死したので苦しみはほんのわずかだったとか。ソフィアが想像するのは宇宙に漂っている中で孤独に絶えなければならなかった犬の姿だった。
そんなエピソードの中に出てくるチャップリンのエピソードが良かった。チャップリンは孤児院で育ったのだが、クリスマスに林檎をプレゼントされるのだが、一人だけ貰えなかった。それはお前(チャップリン)が子供たちを寝かせないからだと神父に言われてそれがクリスマスのトラウマとなってクリスマスが大嫌いになったという。それで亡くなったのがクリスマスという落ちなのだが。クリスマスに一人チャップリンの映画を見ると勇気づけられるかもしれない。
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