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恋愛小説を書ききれなかった探偵小説

『彼岸過迄』夏目漱石

現代の「愛の不毛」はこの作品からはじまった――。
漱石の男女観を見事に結実させた恋愛小説。
自らを投影して人間の「内面」を捉えた、後期三部作の幕開け。
誠実だが行動力のない内向的性格の須永と、純粋な感情を持ち恐れるところなく行動する彼の従妹の千代子。愛しながらも彼女を恐れている須永と、彼の煮えきらなさにいらだち、時には嘲笑しながらも心の底では惹かれている千代子との恋愛問題を主軸に、自意識をもてあます内向的な近代知識人の苦悩を描く。須永に自分自身を重ねた漱石の自己との血みどろの闘いはこれから始まる。

前半は田川敬太郎の探偵小説風。後半は須永市蔵の「若き市蔵の人間失格」というような自意識過剰青春恋愛小説。その間に幼い娘が突然亡くなった漱石自身が体験した短編小説(私小説ではなく乙女の千代子の視点で描いたのがミソ)。それを殺人事件とするにはあまりにも生々しいから、前半と後半のバランスが悪い。敬太郎の部は退屈だった。短編小説風都市(東京)小説は『猫』のバージョンアップなんだろうけど、敬太郎は「猫」ほど探求心も批評にも欠ける。飄々し過ぎて市蔵の深刻さに繋がらない。その関係性が濃くなるのは『こころ』の私と先生。

市蔵の独白は自意識過剰過ぎてイライラさせられる。従姉妹千代子との純愛ならずの愛憎劇は、千代子との関係性よりも市蔵と母親との関係性。日本の継母物語がエディプス的悲劇になっていく。血族を維持するための母の欲望(従姉妹婚)と近代自意識の葛藤ドラマ。

最後の叔父である「松本の話」が解題である。ミステリーなら壮大な種明かしで『砂の器』ぐらいの名作になったかも。やっぱこれは漱石の探偵小説なんだろう。(2017/01/29)

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