ニワトリとショートブレッド
部屋に何かを飾るという習慣がほとんどありません。花、絵画、置物などを飾って自分好みの空間に彩りたいという心が、ドーナツの穴のようにぽっかりと抜け落ちているのです。
観葉植物は置いていますが、インテリアとしてのこだわりというよりも、植物の個体としての美しさやそれらを育てるという行為への興味が動機です。
特に置物などとは無縁で、もう20年程昔の話、新卒で入社した小さなイベント会社に勤めていた頃に過労で倒れ、復帰した日にぶっきらぼうな社長が自分の娘以上に年の離れた私に「大丈夫か。これ玄関に飾っとけ」とくれた信楽焼のたぬきが、我が家にある置物代表と言っても過言ではありません。
あの時は「一体これが何の役に立つんや」と疑問に思いましたが、今となっては、ますます何の役に立つのかわかりません。
とにかく今も“玄関あけたらサトウのごはん”ではなく“玄関あけたら社長のたぬき”なのです。
社長お元気ですか?
たぬきは元気です。
ごく稀に、その物自体が持つ魅力に取り憑かれてしまう事があるのですが、空間を彩りたいという欲求とはかけ離れたものなので、突如として奇妙なものが家に迎え入れられ、統一感なく点在するという結果を招いています。
つい先日、百貨店に出店している英国の老舗紅茶ブランド『リントンズ』の前を通りかかったところ、ふと目に飛び込んできたものがありました。
ティーポットに覆い被せる布製の保温カバー“ティーコジー”。
ニワトリの形をしたティーコジーです。
花柄、果物柄、ハロウィンのカボチャ柄、スカル柄など何とも言えないキルトのセンス、愛らしいニワトリの形と表情。
10個ほど展示されていたそれらは全てデザインが異なり、個性的で、色とりどりの輝きを放っていました。
トリだけに。
直前に別のお店で買ったコーヒー豆を左手に持ち、ニワトリたちを右手に取ってまじまじと眺めていると、店員さんが声をかけてくれました。
「ニワトリの形をしているのは、ティーポットに被せると丸みを帯び、まるで卵を温めているように見えるからなんですよ」との説明を受けました。
脳内でその愛くるしい姿を想像しながら、ティーコジーなどとは無縁の生活で、一体いつ使うのだと冷静に考える自分がいる一方、これはもう連れて帰るしかないだろうと心は既に決まっていました。
問題は、どのニワトリにするかです。
花柄は英国の老舗店らしい品の良さと可憐さがあり、一方でスカル柄やカラフルなパターン柄もユーモアに溢れていて捨てがたい。
財力が許すならば方向性違いで2羽欲しいところです。
ニワトリだけに。
私は店舗を離れたりまた訪れたりを3回繰り返し、悩みに悩んだ結果1番最初目に止まったデザインのニワトリを家に連れて帰る事にしました。
なんでしょうかこのスプラトゥーンな感じ。
英国の老舗紅茶ブランドの遊び心に敬服します。
リントンズには美味しそうな紅茶やビスケット、ショートブレッドなどが販売されていましたが、私はせっかくなので自分でショートブレッドを焼いてみる事にしました。
レシピを見て、小麦粉、バター、塩、砂糖だけの至ってシンプルな材料でできるお菓子だという事を知りました。
バターを常温で柔らかくしたら塩を混ぜてクリーム状にし、砂糖を2〜3回に分けて投入しながら、白っぽくなるまで混ぜ合わせます。
薄力粉をふるい入れ、ヘラでしっかりと混ぜたら冷蔵庫で一晩寝かせます。
よく見かける細長いショートブレッドではなく、直径12センチの丸型を使って円形のデザインにチャレンジしてみる事にしました。
お気に入りの近藤文さんの器にどうしても丸いショートブレッドを乗せてみたかったのです。
型から抜いて、お箸を使いながらデザインを施していきます。
もう少し綺麗に成形したかったのですが、なかなか上手くいかず一旦このまま焼く事にしました。
150°で40分、香ばしいバターの香りが部屋中に充満してきます。
思った以上にひび割れてしまい、さらには全体的に生地が広がってしまった感じがあります。
ひとまず、器に乗せてみました。
生地が広がった事により、器のアウトラインをギリギリまで攻める姿勢が見られます。
何事も攻めの姿勢は大切ですが、時に周りが見えなくなるので注意が必要です。
見えなくなってんの器か。
ショートブレッドをしっかりと冷ましてから、お待ちかねの優雅なティータイム。
ちょうど先日仕事で英国に行った同僚から紅茶のお土産をもらいましたので、ティーポットに茶葉とお湯を入れて、いよいよニワトリのティーコジーの登場です。
ティーカップを持っていないので、お気に入りのマグカップと撮影してみました。
ゆっくりくつろげる自信がありません。
やはり、それぞれ単体で魅力を感じたものを集めてしまうので、統制が取れないのです。
さて、紅茶とショートブレッドの味はどうでしょうか。
ティーコジーを取って、マグカップに紅茶を注ぎ、ショートブレッドを一口サクッ。
口の中に広がるバターの香りと、サクサクとザクザクの間の歯応えがショートブレッドらしい仕上がりになっていて、とても美味しくいただけました。
紅茶はシンプルな風味ながら、何よりあのニワトリが大切に温めてくれたのかと思うと、美味しさの半分は優しさで出来ているような気がします。まるでバファリン。
目の前に広がる激しめの風景とは裏腹に、英国の優雅なひとときがゆっくりと流れていきました。
#日記 , #エッセイ , #スイーツ , #お菓子作り , #ショートブレッド , #ティーコジー , #リントンズ , #近藤文
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