(小説)おおかみ少女・マザー編(三・一)
(三部)サルビアの花
※文中の『人類』は基本的にクローン人間、『旧人類』はわたしたちオリジナルの人類のことです。
(三・一)海の見える丘
二〇九六年、夏。
斉藤ラヴ子、十六歳。本名は斉藤『ゆき』である。なれど本人は、ラヴ子という自ら付けた仇名を気に入っていた。なぜか?理由は後々語るとして、先ずは今から十六年前の二〇八〇年夏まで、時を遡らねばならない。
二〇八〇年、夏。
場所は、神戸市三ノ宮にあるラブホテル『エデン』。その館内にあるフロントの前である。
カウンターの上に置いたバスケットを前に、ホテルのオーナーと清掃員の中年女、そして110番で呼び出された二人の警官が話し合っていた。落雷による停電が復旧し、ようやく館内に照明が灯った。
「本当に客は、一人もいなかったんですか?」
「そやねん、不思議やろ」
念の為監視カメラの録画映像をチェックしたが、確かに落雷前後にホテルに出入りする人影は無かった。停電の間も監視カメラは建物の非常用電源で動いていたから、空白の時間は無いと言って良い。よってその双児の入ったバスケットだけが、突如ホテルの該当の個室に出現した、としか思えなかった。
しかし、そんな筈はない!誰かが侵入し、置いていった筈だ。警察はそう考え、諦めなかった。取り敢えず、それは置いといて……。先ずは中年女の話から、犬とおぼしき生き物によって連れ去られた、双児の片方の赤子の捜索である。
が捜索は難航した。兵庫県警がホテル周辺を隈無く捜し回ったにも関わらず、手掛かりは皆無。結局犬も赤子も、見つからなかった。
では次に、たったひとり残された赤子を、差し当たってどうするか?である。前述の如く、現状身元は何も分からない捨て子のようである。しかも産まれたばかり。先ずは警察で一時的に保護し、病院で面倒をみることにした。結局こちらの方も何も手掛かりは掴めず、身元も何も判明しないまま警察の捜査は終わったのである。
その後その赤子は、神戸市にあるキリスト教の教会が運営する児童養護施設『母なる大地の聖母院』に送られた。赤子は『桃里ゆき』と名付けられ、零歳から五歳になるまでそこで育てられた。母なる大地の聖母院は、神戸港を見下ろす丘の上に建っていた。
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