(小説)おおかみ少女・マザー編(四・一)
(四部)火星エデン計画
※文中の『人類』は基本的にクローン人間、『旧人類』はわたしたちオリジナルの人類のことです。
(四・一)無味乾燥なる人生
既に述べた如く人類(クローン人間)には、A10神経細胞が存在しないのも同然……。そんな彼らの人生を一言で言えば『無味乾燥なる人生』、これに尽きるのである。
朝、目を覚ます。彼らの目覚めは、決して不快なものなどではない。旧人類に有るような『不機嫌』などという感情は決して存在しない。なぜなら彼らは皆、夜更かしなどせず、さっさと就寝し、充分な睡眠時間を取るからである。しかし、それだけのこと……。
なぜ彼らが夜更かしをしないかと言えば、そうしたくなる程の『意欲』も『欲望』も『情熱』と言ったものも、彼らには湧いて来ないからである。どんなに興味を引く娯楽、例えば映画、書物、音楽、TVドラマ、ゲーム、または外出しての飲み歩き、宴会等々……。たとえそう言った類が在ったとしても、彼らはそれに対して『夢中になる』、『我を忘れる』などと言った精神状態に陥ることは一切無かった。そしてひと度眠気など催したならば、彼らは従順な幼子の如く、さっさと就寝してしまうのであった。
では恋愛面では、どうであろうか?これに関しても彼らは、至極淡白である。デートして、盛り上って……。そしていざ深い仲になろうとしても、肉体関係自体があっさりとしていた。彼らにとってそれは、あくまでも子孫を残す為の義務的行為でしかなかったのである。『燃え上がる』という事が、皆無なのである。『ときめき』も『切なさ』も、そして恋愛に於ける『嫉妬』すら、彼らには存在しなかった。
従って不倫も浮気も、二股交際の類も行わない。そんなの不貞行為だと批判、軽蔑する以前に、面倒臭くてやる気にすらならないのである。旧人類は何であんな事して喜んでんの?まじ低俗!まじ最低じゃん!そんな心境なのであった。
であるから夜の街、風俗街も盛り上がらない。そんな場所に足を向けるのは、矢張り旧人類ばかり。人類としてはせいぜい会社の付き合いや取引先の接待に、高級クラブ等を利用する程度。これでは風俗業、夜のお仕事も、旧人類の衰退と共に廃れていく一方なのである。
こんな訳で人類は良く眠り、睡眠不足など一切無く、毎朝快適に目を覚ますのであった。丸で健康優良児の生活ではあるまいか。そして会社、学校へと向かい、一日真面目に仕事、勉学に励む。その後子ども、学生は部活やお稽古事に精を出し、大人は特に用が無ければまっ直ぐ帰宅するか、会員制のスポーツジムなどに寄って体を鍛え、爽やかな汗を流すのであった。
とまあ大体こんな感じで、みんな規則正しい生活を送っている。旧人類からしたら、一体何が楽しくてやつら生きてんだ?そんなふうに馬鹿にしたくもなる暮らし振りではないか。しかし彼ら人類にとっては、これが当たり前の人生なのである。
旧人類なんて全く欲望ばかりで騒々しくて、大、大、大嫌い!旧人類なんて、まじ最低!あんな連中と、同じひとつの社会で共存するなんて無理、無理、無理よーん!早くあいつらなんか、滅んでしまえーーっ!そしたら文字通り、旧人類じゃん。ざまあ、ねえよ……。
なに?やつらゴキブリみたいに、しぶといって?だったら我等の手で、滅ぼすしかあるまい!という訳でいよいよICAが、旧人類のジェノサイドを実行すべく動き出したのであった。
時は、二〇九六年である。
神戸は狼山のマザーと横浜のラヴ子、ふたりは共に十六歳になった。季節は春。
予想では本年の冬の横浜の平均気温は0.4℃にまで下がるのではないかと囁かれており、地球の寒冷化は更に進むであろうと気象の専門家たちは口々に語っている。また人類と旧人類との人口の差も拡大の一途である。各人口は人類が約三十億五千万人、旧人類が約十四億五千万人となり、その差は人類の方が約十六億人多くなるであろうとの事である。
狼山のマザーの暮らしは相変わらずで、日々の暮らしにこれといった変化はなかった。比してラヴ子の方は横浜第二高校に入学し、無事高校生となった。ラヴ子の暮らす世間、巷は何処も、新入社員、新入生を迎えたフレッシュな桜の季節である。
ところがそんな四月初旬のことであった。突如あの国連がまたしても地球規模の大々的な国際プロジェクトを、新たに打ち出したのである。