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(小説)おおかみ少女・マザー編(四・五)

(四・五)プロジェクト開始
 マザーがテレパシーでラヴ子に呼び掛けている頃、そんな事とは露知らず、ラヴ子は日々を平穏に過ごしていた。やがて来る火星への出発の日を待ちながら。
 実際ラヴ子は何も感じなかった。マザーからのテレパシー、その声、想い……など。そもそもラヴ子は自分にマザーという双児の姉妹がいるという事すら、夢想だにもしていなかった。それに今のラヴ子は火星の事、そして義夫、健一郎、秋江たちの事、クラスメイト、友人たちの事、更には旧人類の未来の事で、常に頭が一杯だったのだから。

 そんな中、先ず英国とアメリカそしてイスラエルで、火星エデン計画が実行に移された。いよいよ旧人類たちの、火星に出発する為の宇宙飛行訓練が開始されたのである。
 その様子はマスコミ、ネットを通して『映像』によってリアルタイムで全世界に配信、報道された。三カ国の大型施設やホテルで行われる宇宙飛行訓練、それから各地の空港から米国のヒューストンに向かう旅客機や軍用機の様子。それに続くヒューストンのロケット打上げと、二ヶ月に及ぶ火星飛行のロケット内の様子。更には火星基地に到着した旧人類たちの姿に至るまで……。
 火星での旧人類たちの『暮らし振り』もマスコミは勿論の事、個人によっても随時ネットを通して伝えられた。火星基地で暮らし始めた旧人類の中に、ネットのSNSを使って火星に関する『実体験』を発信する者が現れたのである。というのも火星には既にネット環境が完備されており、地球の上と遜色無くネットにアクセス可能であると言う。多少時間は掛かるが通信衛星を介して、地球のサーバーにもホームページにもアクセス可能なのであるらしい。
 そういう訳で多くの『映像』によって、火星基地での暮らしの『実態』が伝えられた。それは意外にも地球での暮らしと殆ど変わらず、屋外に出られない事を除けば、それ程不便、不自由の無いもののように、地球の人々の目には映った。加えて新たな火星基地も次々に建設中であり、完成すれば人々の住空間もどんどん拡がっていくと言うのである。

 火星での暮らしは予想を遥かに越えて快適であり、既にそこで暮らしている旧人類の人々は皆、満足している……。まだ地球上の旧人類たちはこれらの様子を目の当たりにして、大きな衝撃を受けた。と同時に彼らに大きな希望を与えたのである。
「何を愚図愚図しているの?あなたたちも一日も早く、こっちへいらっしゃい!ここは天国よ!昔SF映画で観た未来都市そのもの。正に輝きに満ちた新世界だわ。もうわたしは地球に帰りたいなんて、夢にも思わないでしょう」
「今はまだ火星服は開発中だけど、それが完成したら屋外だって自由に出歩くことも出来るそうだよ。やったあ!そしたら火星の探検旅行がしたいなあ。まだ地球にいる人たちも、一緒に出掛けようよ」
「地球のみんなも、早くおいでよ!ぼくたちがお出迎えします。火星で素晴らしい理想世界を、共に創っていきませんか?平和で幸福な、差別のない世界だよ。夢なんかじゃないんだ!この火星でぼくたちの悲願、夢を叶えましょう。じゃね、親愛なる地球の友へ」
 などと言う熱い『メッセージ』が、日々火星の旧人類から地球の旧人類へと送られて来る。そんな事を言われれば、旧人類でなくとも一日も早く火星に行きたい!という想いに駆られるのではあるまいか?
 こうして時は六月、七月、八月そして九月と、旧人類たちの前を足早に駆け抜けていった。その間に先駆けとなった三ヶ国の旧人類たちは勿論の事、他国の旧人類たちも逸る気持ちを抑えつつ、火星に出発すべく次々と宇宙飛行訓練に出向いていった。世界中で火星への移住を前提とした旧人類たちの宇宙飛行訓練が、日々精力的に実施されていったのである。

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