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(小説)交響曲第五番(二・一)

(二・一)第二ラウンド

 昇を失った後も、利郎、ガイコツ、自分の三人は利郎の家で試験勉強に励み、なんとか中学三年に進級した。中学卒業後どうするか。利郎は高校進学、ガイコツは知り合いの理髪店への就職を、それぞれ進路として決めていた。自分だけがまだ何も決めていなかった。
「これからは高校位出とかないと、苦労するよ」
「うっせーな。俺は仕事すっから、いいんだよ。もう勉強なんか、アホらしくてやってらんねえっつうの」
 もう幸子の世話にはなりたくないという思いもあって、就職へと気持ちが傾く自分に、けれど幸子は進学しろと言い張った。お峰の死後泪橋は閉店したが、幸子は直ぐにパンドラという別の特殊浴場に移っていた。稼ぎは泪橋時代よりアップしていたから、高校の学費位なんとかなるとでも思っていたのかも知れない。
 しかし自分が一年一年成長していくように、幸子もまた一年一年年を取ってゆく。そのせいか、福寿荘に男を連れ込む頻度も以前より減って来ているように思えた。それは自分にとっては歓迎すべきことだったが、幸子に以前程の明るさがないのが、妙に気になってならなかった。新しい店で何かと苦労していたのかも知れない。しかし当然ながら売春稼業の愚痴を聴いて上げられる程、自分はまだ大人ではなかった。
 そして身から出た錆、幸子と自分、ふたりきりの親子の前に、遂に運命の出来事が襲い掛かった。
 いつの頃からか、権田川(ごんだがわ)三郎という中年男が幸子に付きまとうようになった。パンドラの常連客のヤクザ者だった。幸子を一目見るなり気に入って、しつこく交際を迫った。あんまり五月蝿いので、一回切りと関係を持ったのが運の尽き。その夜から権田川は幸子の男気取り。母子家庭であることを好い事に、福寿荘にまで押し掛けるようになった。

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