(小説)おおかみ少女・マザー編(三・三)
(三・三)養子縁組
そこへ母なる大地の聖母院から、一人の職員が姿を現した。ゆきを心配して、様子を見に来たのである。職員はゆきと斉藤夫婦の許へ近付くと、丁寧に問い掛けた。
「すみません。この子が何か、ご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
秋江は即座にかぶりを振った。
「いいえ、とんでもない。とても元気なお子さんで、こっちまで幸せな気分になりました」
「そうどしたか。ほなら、良かった。さ、ゆきちゃん!寒いからはよう、中戻ろ。風邪ひくで」
しかしゆきは、言う事を聞かない。
「ゆきちゃん、平気!」
そう答えるやゆきは元気に走り出し、再び雪の中を駆け回った。
「ん、もう。知らんで、ゆきちゃん」
呆れ顔で施設に戻ろうとする職員を、秋江は呼び止めた。
「失礼ですが、もしかしてあの子、お父さんもお母さんも……」
そして口籠もる秋江に、職員は穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
「はい。赤ん坊の頃からずっと、この施設で面倒みております」
施設!やっぱり……。
再び顔を見合わせた健一郎と秋江のふたり。言葉は交わさずとも、夫婦の想いはひとつ。ふたりは頷き合った。
職員の背中を見送ると、透かさず秋江は大声で、ゆきに向かって呼び掛けた。
「ゆきちゃん!パパとママ、欲しくない?」
えっ……。
吃驚したゆきは立ち止まり、無言のまま夫婦をじっと見つめた。そんな戸惑うゆきに、健一郎もやさしく微笑み掛けた。ところがである。秋江はゆきの前にしゃがみ込むや、行き成りゆきに向かってこう言ったのである。丸でプロポーズでもするかの如くに……。
「ねえ、ゆきちゃん。わたしたちなんか、どう?パパとママに!」
ええっ?
ゆきは勿論の事、健一郎も驚いた。
「それじゃ、幾ら何でもストレート過ぎるだろ、秋江!ゆきちゃんもビックリしてるし。ごめんね、ゆきちゃん」
秋江をたしなめながら、ゆきに謝罪する健一郎に、けれど秋江は訴えるような眼差しを向けた。
「だって、あなた。わたし、さっき初めて会った時から、この子のこと、他人に思えないの!」
「分かってる、分かってる、俺もおんなじだから。でもな、物事には順序ってもんが有るだろ」
「分かってるわよ、それ位……」
秋江は渋々、健一郎に頷いた。
「ごめんね、ゆきちゃん。ビックリさせちゃって。じゃ、またね」
秋江もまた、幼いゆきに頭を下げた。しかしゆきはケロッとした顔で、ふたりに向かって微笑んだ。
「うん、また来てね。ゆきちゃん、待ってる」
「うん、ありがとう。ゆきちゃんは、お利口さんだね」
「元気でね、ゆきちゃん……」
降り続く雪の中、無邪気に手を振るゆき。幾度も幾度もその小さな姿を振り返りながら、斉藤夫婦はその場を後にした。
ホテルに戻っても、健一郎と秋江の心の中はゆきのことで一杯だった。
「やっぱりあの子を、うちの子にしたい。ねえ、養女にしましょうよ、あなた!」
「うん、そうだな……」
ふたりの想いは、既に決まっていた。旅行から帰ると、ふたりは直ぐに行動を起こした。
横浜から神戸までの遠距離など気にもせず、健一郎たちはゆきに会いに、幾度も母なる大地の聖母院を訪れた。ゆきがふたりに慣れると、養子の話をゆきに切り出した。するとゆきも、ふたりとの縁組を望んだのである。
そこで母なる大地の聖母院が手続きをサポートし、具体的に話を進めた。特別養子縁組である。先ずゆきを横浜の家に迎え、半年間様子を見た。そして三人で無事、問題なく生活を共にすることが出来た。そこで正式にゆきを斉藤家の養女、斉藤ゆきとして、迎え入れるに至ったのである。
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