(長編童話)ダンボールの野良猫(十七・一)
(十七・一)デビュー
後はノラ子が曲を付けるだけ。ドリームTV上層部の意向を受け、当初、真理はノラ子をTVにがんがん露出させるつもりでいた。がノラ男の意見は、アーティスト志向詰まりシンガーソングライターなんだからTV出演は控え目に、というもの。これに本人のノラ子が賛同した為、真理は止む無く方向転換。
「しゃーない。上の連中を説得してみっか」
そして遂に歌姫の新星、ノラ子が華々しきデビューを飾る。五月一日、デビュー曲『ダンボールの野良猫』が全国のレコード店にて一斉発売。すると新人であるにも関わらず、初日でミリオンセラーという快挙を成し遂げた。
ええっ、まじかよ。まるっきし野良猫の歌なのに、何で。と音楽評論家たちは首を傾げるばかり。しかし日本全国如何にノラ子のデビューを待ち焦がれていたファンが多かったかを如実に物語る結果であり、まさかここまで行くとはと驚嘆しつつも、真理たち関係者にしてみれば手応え充分。やったね、この調子で突き進めーっと、すっかり乗り乗り。
一躍スターダムにのし上がったノラ子はしかし驕ることなく、先ずは謙虚にシンガーソングライター系が登場する渋ーいTVの歌番組に新顔として出演。並行して地方、中央問わずラジオ番組は勿論、全国の大型、中型、小型のレコード店をこつこつと挨拶回り、ついでにサイン会と大忙し。
それからコンサート開催を視野に入れ、バンドを結成。バンドの名は、ノラ子&ワイルドキャッツ。バンドメンバーはギターが玉三郎、ベースは三毛造、キーボードが紅一点のミー子、最後に控えしパーカッションが寅吉でござい。同時にファーストアルバムの制作にも取り掛かる。作詞はすべてノラ男が担当し、曲はノラ子というデビュー曲コンビ。いやはや猫の手も借りたいとは正にこのこと。そしてノラ子&ワイルドキャッツの暑き否熱き夏が始まるのだった。
或る程度TV出演した後は、一旦マスメディアから遠ざかり、シンガーソングライター、アーティストとしての地道な活動に専念するノラ子。
ファーストアルバムの制作。それからコンサートの準備。結成したノラ子&ワイルドキャッツのメンバーは、元々どっかのバックバンドでやってた連中ばかり。従って実力は申し分ない。後はバンドとしてのセッションを積み重ね、ノラ子の歌に対するスピリッツを全員で共有する。先ずは武道館でのファーストコンサート目指し、ボルテージを上げてGO!
そして時は六月。東京に梅雨入り宣言発令のこの日、遂にノラ子のファーストコンサートの幕が切って落とされた。折りしも東京の街は土砂降りで、東京都民は嬉し涙の雨に濡れまくり。しかし武道館の中は熱気むんむん。はち切れそうだぜ、ベイビー。会場は新人にも関わらず満員御礼。ステージの幕が上がるのを、今か今かと待ち侘びている。
舞台裏には響子、真理、ノラ男は勿論、ドリームプロダクション、ドリームTVの音楽部門スタッフが集結し、みんな忙しく立ち働いていた。コンサートの模様は、ドリームTV独占中継で、全国のお茶の間に届けられることになっている。
さあ行け、ノラ子&ワイルドキャッツ!我らが歌姫ノラ子が、遂にここ武道館に降臨す。じゃーん。
幕が上がる。と同時にライトを落とし、ステージも客席もまっ暗。しーん、ため息が漏れる。しじまを破って、ミー子のピアノによるイントロが語り出す。中央のスポットライトのみが闇を壊し、そこにしかしノラ子の姿はない。何処だ、我らのパーフェクト・エンジェル。
すると舞台の中央にぽっかりと穴が開き、目を瞑ったノラ子が地下から上昇して来る。おーっ、何と神々しい。それは丸で、地球に閉じ込められた我ら哀れなる人民共を救済せんが為現れた、天照大神の御姿にも似て。
一旦ピアノが途絶える。かと思うと目を開くノラ子。期待の拍手が湧き起こる。それに応えてノラ子の第一声がため息のように、この下界へと滴り落ちる。曲は、イーグルス、『ならず者』。ライトが一斉に息を吹き返し、ノラ子の歌声が館内に染み渡るや、今度は客席からため息が。もうみんなはノラ子の歌の虜。
「何、これ」
「すっごーい!」
「ねえ、今風が吹かなかった」
「ねえ、今地震あったよね。凄く揺れたもの」
「わたし、このまま死んでもいい」
曲が終わるや、握手、握手、てんやわんやの大喝采。
「ブラボー!!」
「愛してるよ、ノラ子」
「我が心の、いや魂の救世主」
客はみな総立ち。初めて生で聴くノラ子の歌声に、心の奥底から湧き上がる感動を抑え切れない。
応えてノラ子も絶叫。
「ありがとう。みんな、大好きーーっ!」
歓声に向かって千切れんばかりに手を振りながら、しかしその時、突然のアクシデント……。
くらーっ、ふらーっと、ノラ子の脳に眩暈が走る。どきっ。ノラ子にとって、それは初めての経験。
どうしたんだろう。ノラ子、なんか変……。
でも気にせず、そこは若さと気合いでGO。GOGO、GO!
「みんなーっ。がんがん、いくわよーーっ!」
イエーイ。客は乗り乗り。
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