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(小説)おおかみ少女・マザー編(三・九)

(三・九)ラヴ子十二歳(その1)・ホームルーム
 ラヴ子十二歳。時は二〇九二年の春である。ラヴ子(ゆき)は、小学六年に進級した。
 この年横浜の冬の平均気温は0.8℃で、既に1℃すら切っていた。人類(クローン人間)と旧人類との全世界の人口差は、約十二億人にまで拡がった。
 ゆきが六年生になった四月、突如小学校の全学年でクラス替えが実施された。学校として完全に、人類と旧人類のクラスを分ける為である。
 ちなみに人類の生徒の親は、百%例外無く両親とも人類である。なぜなら人類は絶対に、旧人類とは結婚しない。これは世界中何処でも同じである。これ一つ取ってみても、人類の団結力の強さが分かるであろう。ということは自動的に旧人類の結婚も、旧人類同士のみとなる。従って生まれ来る子どもに、所謂人類と旧人類のハーフはいない。それはそれで後々面倒な悲劇を生まず、良いことは良いのだが……。
 しかし男女の仲、そう簡単に割り切れるものではない。中には相手がそうと知らずに出会い、恋に落ちる男女もいるし、人類の男の追っ掛けをする旧人類の女たちだっている。
 そうすると人類と旧人類とで付き合い出したりもするのだが、最終的にはみんな破局してしまう。なぜなら互いの格差を、思い知らされるからである。例えばデートしたとする。ショッピング、レストラン、飲み屋……。しかし店に入ろうとすると、何処でもパスポートの提示を求められる。例の人類パスポートである。
「あれま、あたし入れなーい!」
「あゝ残念!そういうことだね……」
 これでは、百年の恋も冷めてしまうというものである。

 そんな大人社会の差別、格差は、子どもたちの生活の中にも、じわじわと浸透していくのであった。例えば学校で完全にクラスが分かれれば、それまで交流のあった人類と旧人類の生徒間でも自然交流は減ってゆくものである。部活ですら同じクラブの中で、人類と旧人類のグループに分かれて、練習や対外試合をやるようにもなっていった。例えば高校野球で甲子園に出場するのは、人類の学校か或いは混合の学校でも甲子園の土を踏むのは、人類の選手ばかりであった。
 そんな教育環境の中で、日本を含め世界中で人類と旧人類の子が混合したクラスは、どんどん減っていった。そうなると人類と旧人類の子ども間で直接争いが起こることは少なくなり、表面上は平穏が保たれた。

 さて、ゆきの小学校の話に戻ると、まだ人類と旧人類混合のクラスだった小六以前、クラスの中でゆきは目立つ存在だった。なぜならクラスのみんなは、既に人類同士、旧人類同士で集まって仲良くしていた。丁度男子だけ、女子だけでかたまるように。なのにゆきだけは相変わらず以前のように、誰とでも分け隔てなく仲良くしていたからである。生徒たちは、ゆきが天真爛漫な女の子だから、しょうがない……。そう呆れつつ、特に非難する者はいなかった。
 しかし小五の時の事である。ゆきのクラスの担任となった若き教師、吉川ゆう子は、ゆきのそれを良く思わなかった。否、許せなかった。ちなみに彼女も勿論、人類である。
 そこで或る日吉川は、ホームルームの時間にクラスメイトの前でゆきに注意した。
「斉藤さん。あなたもみんなと同じように、遊びなさいね!」
 最初はやんわりと、みんなと同じように、と……。けれどゆきは、その意味が理解出来なかった。吉川の望んでいる事が何なのか、本心から分からなかったのである。ゆきは率直に聞き返した。
「先生!今の、どういう意味ですか?」
 ゆきに、悪意や皮肉などは些かも無い。天然少女そのままである。しかし吉川はそうは思わなかった。生意気な子ね、全く!ついつい語気も強くなった。
「だから!仲間同士で、仲良くしなさいって事。他のみんなは、そうしてるでしょ?分からない、あ、な、た?」
 しかし、納得しない我等がゆき。
「仲間同士って何ですか、先生?」
 実はこう見えて、ゆきはゆきなりにいつも心を痛めていた。どうして子供も大人も、同じ人間なのに区別するの?どうして同じ人間なのに、差をつけるの?同じ人間じゃない?分け隔てなく一緒に勉強して、一緒に仕事して、一緒に遊べば良いのに!なぜ?どうして?
 対して吉川は、苛々がエスカレートするばかり。
「だから……。分からない子ね、あなたって人は!はっきり言わせないでよ。人類パスポートを持っている人と、そうでない人でしょ?あなただってもう分かるでしょ、五年生なんだから。その位言われなくても、分かりなさい。よろしくて、さ、い、と、う、さん?」
 ゆきをじっと睨み付ける吉川。教室内の空気はピーンと張り詰め、シーンと静まり返った。しかしゆきはあっけらかんとした顔で、こう答えたのである。
「そんなの、ゆきには分かりませーん。これからもゆきは今迄通りみんなと、すべての人と仲良くしまーす!」
 するとパラパラと少しだけ教室の中に拍手が起こり、そして直ぐに消えた。

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