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(小説)おおかみ少女・マザー編(三・六)

(三・六)ラヴ子十歳(その3)・フォークソング
 斉藤家は横浜市のミナトミライ地区の近くにある、十二階建ての平凡なマンションに住んでいた。湾岸沿いに建ち並ぶタワーマンションなどでは、決してなかった。もし仮にそうだったとしても、高層階は無理。東京でも横浜でもタワーマンションの高層階は、人類が独占していたから。否そもそもタワーマンション自体が、人類専用だったりするのである。尚、斉藤家のマンションは旧人類専用という訳ではなかったが、現状住人は全て旧人類であった。
 ゆきが幼稚園から帰って来ると、保雄はいつもゆきを近くの港に連れて行った。日暮れまでふたりでのんびりと、そこで過ごした。保雄は、海が好きだった。
「若い頃はよく、神戸にも行ったなあ。今度遊びに行くか、ふたりで」
 問う保雄に、ゆきが元気に答える。
「うん、行こう、行こう。ゆきが案内して上げる、神戸の街」
「そりゃ、楽しみだ。いつがいいかなあ?」
「冬がいい」
「でも寒いぞ?」
「でもいい!神戸の雪が見たいの」
「分かった、分かった。じゃ来年の冬だな」
「うん!」
 ゆきは目を瞑り、雪の降り頻る神戸の街の景色を想い描いた。
「小さい時のことは、全然覚えていないのか、ゆき?」
「うん、何にも……」
「そうだな。まだ赤ん坊だったもんな」
 捨て子だったというゆきのことが、保雄はいつも不憫でならなかった。こんなかわいい娘を、何てことだ!しかしそれなりの事情が、あったのかも知れん……。
 夕映えの海を見つめながら、歌い出す保雄。保雄はたくさんの歌を、ゆきに教えた。みんなまだ二〇世紀の頃に流行った、それは古い古いフォークソングばかりだった。保雄もそれらの歌を、自分の祖父から教わったのである。
『バラが咲いた』、『戦争を知らない子供たち』、『若者たち』、『見上げてごらん夜の星を』、『友よ』、『今日の日はさようなら』、『びわ湖周航の歌』、『翼をください』……。
 その中でもゆきは『サルビアの花』が一番好きだった。切ないラヴソングである。
「いつかゆきの前にも、運命の相手が現れる」
「現れるかな?」
「勿論だとも。その時『サルビアの花』を歌って上げるんだよ」
「うん」
 『サルビアの花』を歌い出す保雄に合わせて、ゆきも口遊んだ。
「いつもいつも思ってた……」
 日が暮れて横浜港の空に星が瞬き出すと、ふたりは仲良く手をつなぎ、家路に就くのだった。
 おじいちゃんがいてくれたら、わたしはちっとも寂しくない!そう思うゆきであった。

 その頃世の中では、人類に負けない位団結して、人類と闘おう!人類の横暴に抵抗しよう!そんな動きが遅ればせながら、旧人類の中で見られるようになった。
 日本でも同様であった。日本で人類と闘おうと立ち上がった旧人類たちは、古いフォークソングを口遊み、自分たちを鼓舞した。『戦争を知らない子供たち』を唄い、これは人類と旧人類との戦争に他ならない!と叫び、肩を組み『友よ』を大合唱した。
 世界のいたる所で人類と旧人類との対立が表面化し、頻繁に衝突が起こった。それはさながら二〇世紀や二一世紀前半に見られた、民族対立を思わせた。しかしその度に数と権力で圧倒的に上回る人類が、いとも容易く騒動を鎮圧した。
 旧人類たちの中には、もう手遅れだと諦める者、なるようにしかならないよ……。と投げやりになる者が大半を占めた。残る極少数の人間たちが組織を作って、過激化していった。人類への反乱に対する警察や軍隊による取り締まりが、強化されたのは言うまでもない。

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