(小説)おおかみ少女・マザー編(三・十五)
(三・十五)ラヴ子十三歳(その4)・コンビニと初恋
この時代のコンビニは、全国で完全に無人レジ化されていた。何処も店内には、常駐者が一人か二人いる程度。よってコンビニのアルバイトの求人などというものも、極僅かであった。更には寒冷化の影響もあり、深夜の営業についても何処も止めていた。仮に開けていたとして、そもそも深夜に外出する人間自体が殆どいない。それ程までに夜間は年中、冷え込んだのである。
またコンビニは、人類専用、旧人類専用などと分けられてはいなかった。その必要がなかった。なぜなら実質コンビニは、旧人類しか利用しなかったからである。つまりコンビニ=旧人類用の施設、というイメージが定着していた。事実人類は裕福であり、コンビニなど見向きもしない。という訳でコンビニの前途たるや、実に暗いものであった。旧人類の人口の減少と共に、コンビニの店舗数も年々減少していたからである。
ゆきの住む近所にも、コンビニは余り無かった。ゆき自身もコンビニとは殆ど縁がなかった。が真弓と付き合い出してから、彼女と一緒に行くようになった。行きつけの店は『サンクスファミリア港横浜店』という所。真弓のアパートの直ぐ隣りである。その店では、三上義夫という青年が働いていた。
義夫は旧人類である。今年地元横浜の旧人類専門の大学を卒業した。ただし大学とは言っても旧人類用のそれは、名ばかりのものである。全国的にも人類専門の大学ばかりで、旧人類専門のそれは少なかった。加えて貧困の故、大学進学を希望する旧人類の若者も少なく、旧人類の不満を逸らす為辛うじて残しておいたようなものである。学費は安く、家が貧しくともこつこつとバイトをすれば、通えなくもなかった。
であるから大学卒とは言いながら旧人類の場合、その扱いは実質人類の高卒程度であった。その為義夫は希望する職に就けず、止む無くこのコンビニで働いていたという訳である。
彼の夢は正義感溢れたジャーナリストであり、希望の職業とは新聞記者であった。少年時代からの夢を実現すべく、大手は勿論、多くの新聞社、ディリーヨコハマを始めとする地元の地方紙にも応募してみた。けれど全て断られた。理由は、明言こそ避けられたが、旧人類だったからである。
厳しい現実に打ちのめされながらも、義夫は毎日真面目にこつこつと働いていた。コンビニでの仕事はレジ作業もなく客の接待もなく、基本バックヤードでの待機である。そこで売り上げと商品の管理、補充、発注等をこなす。それから監視カメラによる店内の監視並びに清掃、クレーム対応等、こまごまとやる事は多岐に渡った。
そんな或る日、店内設置のインタホンが鳴り、客からの問い合わせが発生した。
「すいませーん!」
「はい、どうしました?」
バックヤード内の義夫は監視カメラのモニタをチェックしながら、インタホンに答えた。相手は一台の無人レジの前にいる、制服姿の女子中学生ふたりであった。
「あのう、バーコード読み取ってくんないんですーーっ!」
随分と元気な声だった。笑顔もかわいい……。
「はい、分かりました。至急、伺いまーす」
その時義夫はなぜか、胸がときめいていた。それが何ゆえかも分からぬまま、義夫はバックヤードから店内へと直行した。そこに待っていたのは、ゆきと真弓のふたり。
ゆきと目と目が会った瞬間、義夫は矢っ張り胸がときめいた。くりくりとした黒い瞳に、人懐こそうな笑顔。ショートカットの髪は凛々しい少年を想わせたが、その微笑みには聖母の如き深き慈愛とやさしさが感じられてならなかった。まだ中学生であるというのに、恐るべし……こやつ、只者ではないな!そう思わせる少女ゆきのオーラである。であるが基本美少女であり、間違いなくかわいい。
なんて、かわいい子なんだろう!丸で天使のようだ……。ため息も出ない程に、義夫の視線はゆきに釘付け。心臓の鼓動は高鳴り、その胸は切なくキュンと痛むばかりであった。
一方ゆきの方も、義夫に目を奪われた。壊れた人形のように、じっと彼を見つめずにはいられなかった。頬は紅潮し、その胸もまた義夫同様、キュンと痛い程に締め付けられた。
つまり、義夫とゆき。お互いに一目惚れだったのである。ただ無言で見つめ合うふたり……。
「ちょっと?しっかりしてよ、ふたりとも!」
呆れた真弓の声で、ようやく我に返ったゆきと義夫。
「ごめーーん、真弓!ゆき、どうしちゃったんだろ?ハハハハ、ハ」
「知らねえよ……」
白々しくボケるゆきに、真弓は思わず苦笑い。
「で何だったっけ、真弓?」
「だからあ……バーコードでしょ!」
「そうそう、どんな具合いですか?」
義夫も店員モードに戻って、話に加わった。お客さんモードに戻ったゆきが尋ねた。
「さっきから何回当てても、ちっとも反応しないんですーーっ!」
「ほんと?ちょっと、やらせて」
義夫がやってみても、確かに反応無し。こりゃ、故障っぽい……。
「ごめんね。あっちのレジで、やってみて」
義夫の指示に従いやってみると、即OK。通常通りピッと反応し、価格がレジの画面に表示された。
「こっち故障みたい。ご迷惑をお掛けして、すいません。修理しておきますから、また来てね!」
あくまでも店員モードの義夫が、ご挨拶。
「うん、ありがとう」
真弓が答え、ゆきも続いた。
「ありがとう、ございました」
その声はいつになく大人しい。そして義夫に軽く会釈すると、ゆきはそのまま真弓の背中にくっ付いて店を後にした。その日はそれで別れたゆきと義夫。これがふたりの出会いであった。