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(小説)おおかみ少女・マザー編(四・二十)

(四・二十)マザー、闘いを決意
 数日後、ラヴ子は自らの決意をマザーに告げた。
「ごめんなさい、マザー。やっぱりラヴ子、マザーの所へは行けない」
 しかしマザーに落胆はなかった。そう来るであろうと、或る程度予想していたからである。
「そうか、分かった。ラヴ子よ、何も気にすることはない」
「本当にごめんね、マザー」
「しかし、ラヴ子よ。少なくとも火星エデン計画には、絶対に参加するなよ!」
「えっ!」
「当然ではないか!良いか、ラヴ子よ。何度も言うが、本当にあれはジェノサイドなのだ。つまり見す見す己から、殺されに行くようなものだ!」
「ええっ?でも……」
 マザーからの意外な忠告に、ラヴ子は戸惑った。健一郎、秋江、義夫たちと行動を共にすると言う事。それは即ち自分もみんなと一緒に、火星エデン計画に参加すると言う事であり、具体的には先ず、火星に行く為の宇宙飛行訓練の場である、パシフィコホテルに行くという事なのだから……。
 だってそうしなければ、みんなのこと、守れない……。
 なのにマザーは行くな、と言う。しかし、もうラヴ子に迷いはなかった。たとえ誰に何と言われようとも、ラヴ子はラヴ子の大切な人たちを守る……。
「マザー、ごめんなさい。それも無理なの!」
「なぜだ、ラヴ子よ!」
 珍しくマザーは動揺し、語気を強めた。
「みすみすやつらの罠に、はまってしまうようなものではないか!何をされるか、分かったものではないぞ。本気で言っているのか、ラヴ子よ?」
 しかしマザーには見えなかったが、その時ラヴ子は泣いていた。ラヴ子の目に涙が溢れ、頬を伝い静かに零れ落ちた。ラヴ子はマザーへと、自らの想いを精一杯ぶつけた。
「分かってるわ、マザー。それでも、それでもラヴ子は、みんなといたいの。ラヴ子の、愛する人たちと……」
 するとなぜか急に、マザーから反対の言葉は消えた。その代わり、意外とも思える反応が返って来たのである。マザーの言には、やさしさが溢れていた。
「愛……か、ラヴ子よ」
 ラヴ子は頷きながら、答えた。
「そうよ。愛よ、マザー……。愚かなラヴ子を、どうか許して」
 涙に濡れるラヴ子を、更にやさしくフォローするマザー。
「謝ることはない。良し分かった、それでは仕方があるまい。ラヴ子よ、おまえがそこまで思いつめているのなら、やつらとは、わたしひとりで闘おう」
「ありがとう、マザー。でも、でも大丈夫なの?」
 そう問うてはみたものの、大丈夫な訳がない。本当にごめんね、マザー……。ラヴ子は胸の中で、そっと手を合わせた。
「あゝ任せておけ。それで、ラヴ子よ。おまえたちは、いつ参加するのだ?その火星エデン計画に」
「うん、先ず十二月二十四日よ」
「良し、分かった」
 マザーは頷いた。そしてマザーは遂に、クローン人間との闘いを決意する。たったひとりぼっちの闘いを……。
 十二月二十四日か!その日までに何とか、けりを付けなければ……。逸る気持ちを抑えつつ、マザーはラヴ子に確かめた。
「ラヴ子よ、今日は何日だ?」
「今日は十二月十三日よ、マザー。だから明日から、あと十日」
「良し、あと十日だな」
 武者震いの中で、力強く答えるマザーであった。

 そして間もなくして、再びマザーからテレパシーが入る。
「ラヴ子よ、クローン人間たちの総本山を教えてくれ」
「総本山、何それ?」
「やつらの大将、親玉のいる場所だ。所謂、悪の巣窟という奴だな。それが分からぬと、闘いを始める事も出来ん」
 成る程!でも総本山とか悪の巣窟とか、マザーって良くそんな言葉、知ってるわね。ラヴ子は感心しつつ答えた。
「ごめん、マザー。ラヴ子直ぐには分かんないから、お父さんに聞いて来る。ちょっと待ってて」
 そしてラヴ子は早速健一郎に問い、得た情報をそのままマザーに伝えた。
「ICAという組織がクローン人間たちの頂点で、本部はニューヨーク、マンハッタンの国連の隣りに在るんだって。そこが多分、総本山じゃないかなあ?でも分かる、マザー?」
 と言っても、マザーにピンと来る筈はない。従って例によってラヴ子は、ひとつひとつ丁寧にマザーにレクチャーしたのであった。ICAについて、国連について……。
「良し、分かったぞ。ラヴ子よ、ありがとう」
「でもマザー、どうするつもりなの?」
 するとマザーは威勢良く答えた。
「あゝ。ICAとやらの本部に直接乗り込んで、火星エデン計画を中止するよう、忠告してやる」
 えっ、まじ?凄ーい。かっくいい、マザーの姐御!
「でも、大丈夫?」
 ラヴ子が心配するのも無理はない。しかしマザーは相変わらず強気。
「任せておけ!」
「本当?でも……、でも服はやっぱり、制服なんでしょ?」
「あゝ。生憎これしか、持ってないからな」
 あちゃ!ま、いっか……。それよっか他に、なんか気掛かりな事ないかな?
「あっ!でもマザーお嬢様。あんた英語、出来んの?」
「英語?そんなもの知らん」
 だよね、だよね!勿論、そうだよね!思わず吹き出すラヴ子。
「でも向こうは、多分英語じゃなきゃ通じないよ」
 ところがマザーが強気の姿勢を崩す事は、やっぱりない。
「大丈夫だ、ラヴ子よ。テレパシーで何とかなる」
 はあ?
「マザー姉さん、そんな問題じゃ……」
「良いから、良いから。ラヴ子は何も心配するな。兎に角わたしに、任せておけ」
 そんな!任せておけって言われても、やっぱ心配なんだけど……。ラヴ子は想像してみた。自分と同じ年格好の、日本語しか喋れない十六歳の少女が、唯ひとりでICA本部に乗り込んで行く姿を……。有り得ない。絶対、有り得なーーいっ!そしてラヴ子は苦笑い。
 でも!でも、もしかしたら……何とかしてくれるかも知れない!僅かではあるが、そんな期待も抱かせてくれそうなマザーではあった。

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