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(小説)おおかみ少女・マザー編(三・十三)

(三・十三)ラヴ子十三歳(その2)・真弓
 教室での孤独、孤立する真弓。その状況は中学に上がっても変わることはないと、本人は思っていた。わたし、貧乏だし、喋るの苦手だし、性格暗いし……。しかし一年二組には、我等がゆきがいたのである。流石に入学当初こそ緊張していたゆきも、徐々に学校にも制服にも慣れていった。そしてすっかりクラスに馴染むとゆきは、自分のひとつ前の席に座る真弓にも遠慮なく声を掛けていったのである。
「真弓ちゃーん」
 えっ?
 真弓本人は勿論のこと、真弓と同じ小学校出身の即ち過去の真弓を知る生徒たちも吃驚した。
「ごめーん!ペンシル落としちゃった。拾ってくんない?」
 ええっ、どうしよう……。
 一瞬戸惑った真弓だったが、意を決して振り返った。にこっと微笑むゆきの顔に、邪気など微塵も無い。眩しいその笑顔に引き込まれたように、真弓は素直にゆきのペンシルを拾った。そして顔をまっ赤にしながら、ゆきの机にさっとそれを置くと、不器用にも無言のまま前を向いてしまったのである。
 何て、無愛想な子なんだろう……。などと普通なら思うのだが、ゆきはそんなことお構いなし。
「あんがと、真弓ちゃーん。めちゃ助かったわ」
 我等がゆきはその太陽の如き陽気さで、その後も真弓に接してゆくのだった。

「ねえ、真弓、お茶しない?大桟橋で」
 梅雨入り前の或る日の放課後、校門で真弓の背中をゆきが呼び止めた。
 驚いて振り向く真弓に、息を切らしてゆきが追い付く。でも真弓は早く家に帰りたかった。なぜならバイトが出来ない分、毎日家事をこなして母親を助けていたからである。今日だってまた保育園の弟を迎えに行き、家に戻ったら弟と妹の夕ご飯の仕度が待っている。だからのんびりと遊んでなどいられない。
 がゆきの方にも誘いたい訳があった。入学から早二ヶ月以上経過しながら、今もって孤立状態の真弓。そんな彼女とどうにかして、仲良くなりたかったのである。
「わたし、急ぐんで……」
 俯きがちに蚊の鳴くような声で零すと、真弓は歩き続けた。しかし横に並んで歩きながら、ゆきは真弓の顔を覗き込む。
「まっ直ぐ、家帰るの?」
 ゆきの問いに無言で頷く真弓。
「じゃ、家まで一緒に歩こう」
 にこにこ顔のゆきに大きくため息を零して、真弓は如何にも不機嫌そうな顔をして見せた。でも斉藤さんじゃ、ダメか……。真弓は潔く諦め、ゆきのやりたいようにやらせた。
「真弓のお母さんて偉いよね。真弓たちを、ひとりで育ててるんでしょ?」
 ニヒルな顔で、まあね。と頷く真弓。
「そのお母さんを手伝ってるあんたも、偉いぞーーっ!真弓」
 はあ?真弓はまた、ため息。しかしゆきは遠慮なく、声援を送るように真弓の肩をぽんぽんと叩いた。
 うっせえなあ、ちょっと止めてよ。とばかりに真弓はうざそうに、ゆきにガンを垂れた。しかし気にせず、ゆきは続けた。
「お父さんいないと、やっぱ大変だよね。がんばれ、真弓」
 真弓、真弓って、さっきからうるせんだよ、まじで。本当、うぜえ女!真弓はしかめっ面のまんま、しかし黙々と歩き続けた。
「がんばってる真弓だから、ゆきの秘密、あんたにだけ教えちゃう!」
 秘密?何それ?
 それでもゆきの言葉に興味など持たず、ただただ歩を進める真弓。気にせず、ゆきは続けた。
「ゆきね、実は孤児だったの。昔、孤児院にいたんだ」
 えっ!
 流石の真弓も、これには吃驚。
「えっ、孤児院?」
 動揺した真弓は思わず声を上げた。そしてはっとして顔まで上げながら、遂に足を止めたのである。
 孤児院って、あの孤児院?斉藤さんが、孤児?なんで?えーっ、ちっとも知らなかったよ、わたし……。
 真弓は生まれて初めてゆきの顔を、まじまじと見つめたのだった。そんな真弓に、うんうん、と頷きながら、ゆきは見つめ返した。港町の黄昏れの街角で、じっと見つめ合うふたりの乙女であった。

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