August
8月。
わたあめみたいな入道雲
楽しそうな浴衣のカップル
プールではしゃぐ子供たち
もはや風物詩を楽しむ余裕もないほど、
僕の心には余裕がなかった。
これでもかとばかりに光と熱を集める、黒い服を身にまとい
熱されたアスファルトが見せる陽炎を僕はただ眺めていた。
いわゆる「大人」と呼ばれるようになってから約2年が過ぎた。
今では定時後に飲むビールの事しか考えていない僕だが、
始めた頃は何か変えてやる!誰よりも稼いでやる!
そんないくばくかの野望を持っていた。まあ、過去形の話だけどね。
「人生どっかで間違えたかなぁ。」そんな事を考え、空を見上げた。
あ。鯨だ。
空に浮かぶ雲が大きな鯨のような形をしている。
青い空を自由に泳ぎ回る鯨は、何よりも自由で、何よりも美しく見える
そういえば、小さい頃に裕翔と同じ話をした気がする。
中学時代、同じ部活のチームメイトだった裕翔とは
練習終わりにアイスを食べながら、よく夢を語り合った
彼の夢は船に乗って世界中を旅する事。
夢の話をする彼はやけに輝いていて、
取り巻く周りの空気すらキラキラ光って見えた。
あの鯨も、俺たちには本物の鯨に見えていて
手を伸ばせば届く。本気でそう思っていた。
うんざりする蒸し暑さも、照りつけるような日差しも、
この世の全てが味方だった。なんでも叶うと思ってた。
そして、俺たちの友情も、一生続いていくと、そう思っていた─。
僕の目に映る鯨は、もう空を泳いでいない。
手を伸ばしても、地上より少し高いところに昇っても、
鯨に見える雲に触れるのは、ありえない事だと知ってしまった。
裕翔は届いたかな。届いてるといいな。
長く忘れていた感情を懐かしみながら
俺はもう一度だけ、眼前に広がる雲に手を伸ばしてみた。
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