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月刊読んだ本【2024.08】


スペース金融道

 宮内悠介 (河出書房新社)

 宮内悠介の本を読むとウルトラジャンプで連載してそうと思う。スピリッツかもしれないけれど。読む前はお金の話で難しそうという印象があった。でもそんなことはなかった。帯にも書いてあるけどコメディだった。突飛な設定でありながらコメディタッチなところが漫画的だと思わせるのだろう。主人公の名前を最後まで伏せているので、それが明らかになる続編も書くことができるし期待してしまう。続編など書かれなくても読者の頭の中でこの物語の続きを考えることができる。もし続編があるならシリアスな話になったら面白いと思う。
 宮内悠介の本はだいたい読んだけれど、毎度クオリティが高くてすごい。たぶんそうじゃないと自分が納得できなくて、こんな作品発表できないって思ってしまうのかもしれない。題材に対する綿密な調査もすごいんだけれど、それを小説としてうまく調理する才能がかなり高いんだと思う。小説家というのはそういう生き物なのだろうけれど。

ファウスト

 ゲーテ 作/相良守峯 訳 (岩波文庫)

 第一部は思っていたより読みやすくて面白かった。
 第二部は半分ぐらいは正直何を読んでいるのかよくわからない、となる。本筋と関係のない(ように見える?)シーンていうか詩が多くて、なんのこっちゃわからない。
 文庫の後ろに註が載っているが、あまりにもその量が多い。註が多いのは丁寧ではあるがテンポが悪くなる。でも註がないと理解は深まらない。翻訳者は理解して翻訳しているわけで、これはこういう意味ですと註に解説を書いているわけで、大変な作業である。古代ギリシアの神々のことを理解していないと解説も書けないし意味も理解できない。仮装大会の人々や古代ギリシアの神々が次から次へと大量に出てきて、いつの間にか登場していたよく知らない誰かといつの間にか登場していたよく知らない誰かが会話していて混乱がすごい。そしてそれが本筋と関係のないように見えるから翻訳する側も混乱しかないと思う。
 翻訳のすごいと思った点は、第一部の3374行目から始まる詩で、日本語で5音を8回分の塊で訳している箇所である。

◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。
◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。
◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。
◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。

◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。
◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。
◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。
◯◯◯◯◯、◯◯◯◯◯。

という具合に。

 あと、第2部7095行目付近。メフィストーフェレスがグライフのことをグライス(老人)とわざと言うシーンのあとに、グライフが訂正する。老人(グライス)じゃないと。そして同じ響きを持っている言葉は気に入らんとして、「うす暗い、腹黒い、ぐれる、物狂い、黒塚、ぐらつく」と響きの似た言葉を並べているが、これはもちろん翻訳者が「ぐら」とか「ぐろ」とかの響きの言葉を並べているのだ。もとのドイツ語をそのまま訳しては(おそらく)このシーンの意味を(解説を加えないと)読み取れないのでこのように訳しているものと思われる。一応本作は戯曲だから、日本語で訳している以上、日本語で音として読んだときに意味が通るように訳しているのだと、翻訳の苦労と素晴らしさを感じた。

 ゲーテがどういう人か全然知らないけれど、ファウスト伝説をもとにしているとはいえ、彼個人の意見を織り交ぜた創作であることが面白い。イタリア人はどうとかフランス人はどうとか、そういった世間のイメージというか偏見がたびたび出てきたりする。

大体ギリシア人なんて、あまり役に立ったことのない人種だ。

第2部 6972行目

 作中のキャラクタの声というよりゲーテの声としか思えない。そういうギャグというか、茶目っ気を織り交ぜているのは好感度が高い。
 話として面白いのは、ホムンクルスが出てくるくだりである。もちろんメフィストーフェレスという悪魔が出てきている話ではあるけれど、ホムンクルスなんてものが登場するなんて思ってもみなかった。しかもその前後では古代ギリシアの神たちが出てきているから、よけいにわちゃわちゃしている。何を読んでいるのかわからなくなる。どっちかに絞ったほうが、というかホムンクルスの話をもっとした方が面白そうだとは個人的には思う。

 僕はせっかくだから岩波文庫でファウストを読んだ。堅苦しそうな作品を堅苦しそうな訳で読んでみようと思えるようになった。でも堅苦しくなんかなくて読みやすかった。物語を理解できたとは言えないかもしれないが、物語は解説を読めば理解できる。もっと、ムツカシすぎてひと月ずっと読んでいる、なんてことになるかと思ったけれど、全然そんなことはなかった。それは励みになる。古典的名作も、岩波文庫も何も怖くない。むしろさすがだと感服する。そして僕はファウストを読んだ側に立ったのだ。ファウストを読んでいない人生とはオサラバなのさ。
 みんなも気楽に挑戦して読んでみればいいよ。

ニュートン式超図解 最強に面白い!! 相対性理論

 佐藤勝彦 監修 (ニュートンプレス)

 もとからだいたい知っていたつもりだけれど、相対性理論についてより詳しくわかった。
 光の速度が不変というのはそういうことなのかと理解した。

ダムの歩き方 はじめてのダム旅入門ガイド

 萩原雅紀 地球の歩き方編集室 監修 (ダイヤモンド社)

 本の構成が理解不能。ダム旅のおすすめルート、ダムデータ、ダムの基本知識の順に載っているけど、どう考えても逆では? まず、ダムとはこういうものだという基礎知識を説明→次に具体的にこんなダムがありますと紹介→応用編としてこういうルートで旅するのがいいですよ、という流れが普通な気がする。僕の感性がおかしくなければ。
 ダム旅をこなれている人向けならそれでいいけれど、入門ガイドとタイトルに書いてあるのだから、初心者向けに書いたほうがいいのではないかと思った。いや、あくまで「ダム旅」の入門ガイドなので「ダム」の入門ではないのだからということかもしれない。それにしても意味不明すぎるが。
 ダムデータの章に、各ダムの特徴が説明されていて、そこで天端が歩けるとか書いてある。でもダムのことを知らない人にとっては天端がなにかわからない状態で読み進めることになる。だいたい推測はできるけれど。そして最後の基礎知識の章で用語解説として天端も説明される。やっぱり意味がわからない。用語を理解したうえでダムの説明の章でその用語を使うべきでは。それか、それぐらい知ってて当然だから説明しない、の方がまだしっくりくる。
 完全に理解不能だった。書き手の自己満足というか読者のことを意識した本の構成にしてほしかったです。人によってはダムに行こうという気が削がれるんじゃないかと思った。
 よく考えたらダムを見に行ったことってないな。

においが心を動かす 人は嗅覚の動物である

 A.S.バーウィッチ/太田直子 訳

 興味深いけど少し読みにくい。
 カタカナ語の使い方が変というか頭に入ってこない。僕の理解力が足りないだけと言いたいところだけれど、一般向けに書かれている(はずの)本なのだから専門でない多くの一般人が読みやすいように、読んで理解できるようにもう少し配慮したほうがいいように思う(多少はしかたないとはいえ)。なんとなくわかった気になってしまうだけになってしまう。
 なんちゃらのにおい、ていうのは錯覚によるところが大きいらしいというのは驚きだった。
 冷静に考えれば、嗅覚についてよくわかっていないことは当然だと思った。視覚は光の波長を、聴覚は音の周波数を調べればわかるけど、嗅覚はその基準がない。そういう点では人間の記憶によるところが大きいというのは納得だった。同じにおいでも、説明する言葉を変えれば快にも不快にも感じ取ることができるという。そうやって簡単に認識は変わる。そんなに匂いを嗅ぎ分けられているわけではないのではないか。それを脳が補完して様々なにおいを生み出しているだけなのではないか。
 あらゆる物質を調べても受容体の反応に規則のようなものもない。構造が似ているからといって同じ受容体が関わるわけでもないというのは衝撃だった。本当は匂いなんてないんじゃないかと思い始めた。
 まだまだ奥が深い世界だ。

紙の動物園

 ケン・リュウ/古沢嘉通 編・訳 (ハヤカワ文庫)

 宮内悠介っぽいと思った。逆かもしらんが。発想力がすごい。そして、中国出身の作者だからこそ描ける作品が多かった。作者は中国生まれで10代からアメリカ育ちなので、異邦人の心境に興味があるのだろう。そういう作風はそういう人にしか描けない迫力がある。
 もとの単行本を2分冊しているそうなので、短編集2も読みたい。

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