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『審判』|読書感想文
カフカの『審判』を読んだので感想を書きます。カフカと言えば、『変身』のイメージがあるのですが、他の著作も読んでみたかったので読みました。
あらすじ
Kについてはごく平凡なサラリーマンとしか説明のしようがない。なぜ裁判に巻き込まれることになったのか、何の裁判かも彼には全く訳がわからない。そして次第に彼はどうしようもない窮地に追いこまれてゆく。全体をおおう得体の知れない不安。カフカはこの作品によって現代人の孤独と不安と絶望の形而上学を提示したものと言えよう。
突然の逮捕
銀行員の主人公ヨーゼフ・Kが、朝起きたら突然逮捕されたというシーンから始まります。しかも、その罪状は不明で拘束されることもなく、普通に外に行けるし、仕事にもいける状態です。監視人にどうして逮捕されたのかを聞いても知らないと言われる始末で、保釈の生活を送ることになります。突然の逮捕や監視なんて、不条理極まりないなあ…と思いました。
罪状を告知すらされなかったということは、責任の所在がそもそもKですらなく、罪の償いようもないのではないかと疑問に思いました。裁判所の場所も変だし、裁判官たちの姿も見えない、そして果てしなく続く裁判所の階層構造には、なんだか社会の闇の部分を感じました。罪を犯していないから潔白であるという盾がKにはあるはずなのに、混迷の道を辿っていく展開になっているのがじわじわと不安や孤独を煽っているように思いました。
Kは、弁護士や法廷画家、聖職者などの人物にも出会いますが、無実になるための明確な答えは得られず、どうにも理不尽を打破できないという状況が続いていたので、絶望感も増していくなあ…と思いました。
三つの可能性
Kは、裁判所と昵懇な関係である法廷画家に援助を求めに行き、「本当の無罪、見せかけの無罪、ひきのばし」という三つの可能性を提示されます。しかし、本当の無罪になったなんて事例は画家の知る限りほとんど存在しておらず、最終的に無罪を宣告する権限は自分たちの手には届かない、一番上の方の裁判所だけが持っているとのことでした。
画家がやってあげられるのは、無罪証明書を書いて知り合いの裁判官に見せて拘束力のある保証をしてもらうことや、下級裁判官力でのKが告訴に縛られないようにすることのみだそうでした。判決をひきのばしにするにも、定期的な尋問、新事実の提供などが必要になるようでした。無罪を勝ち取ることが不可能であると知らされ、裁判に対する手だても一向に立てられない様子がもどかしく感じられました。
また、Kが「軽率な告訴など起こされるものではない。裁判所は一度告訴したとなると、被告に罪のあることを確信しているので、この確信を取り除くことは難しい。」と言っていたことからは、日本の刑事裁判の有罪率が99.9%になっているということを思い出しました。起訴されたが最後なのかもしれないと思うと、怖いですね…。
「掟の門」に基づく僧の話
途中で、僧のセリフとして挿入されていた番人と男の物語「掟の門」が印象に残りました。この話の中心は、田舎の男が掟の門の前に立つ門番と出会い、「今入ることは許せない」と掟の中に入れてもらえないという状況です。門番は入ることを許さず、男は何年も待ち続けます。男は門番にさまざまなアプローチを試みて、時には贈り物をして買収しようとしますが、結局は入ることができません。
男は次第に年老い、門番に対する感情も変化し、ついには彼の存在が自分の人生の中心になってしまいます。最終的に、男は死を迎える前に、なぜ他の誰もが入れなかったのかを尋ねます。門番は、実はその入口は男のためだけに用意されていたと告げ、彼が入ることができなかった理由を明かします。そして、門番は男を置いて去り、門を閉めるという内容です。
Kは「男が思い違いをするように、門番が騙した」と早合点していましたが、僧による門番や男に対する多様な解釈や意見が興味深かったです。①「今入ることは許せない」と②「この入り口はお前だけに定められたもの」という門番の解明には、矛盾がなく、①が②の言明を暗示してさえいる、とのことでした。普通に一読しただけでは気づけないような思い違いが詰まっている話で、難しかったけど面白かったです。
犬のように処刑される顛末
Kは、逮捕されてから1年後に知らない男たちに家から連れ出され、喉に一方の男の両手が置かれ、もう一方の男に包丁で心臓を突き刺され二度抉られる、という処刑で終わっていました。Kの「犬のようだ!」という断末魔の叫びが痛烈でした。「被告」という身分に落とされた者の顛末は、悲惨かつ無残なものだったので、つくづく救いがないなあ…となりました。
「ついに俺の見なかった裁判官はどこにいるのだ?」「ついに俺の至らなかった高級裁判所はどこにあるのだ?」というKの問いかけがとても悲しく感じられました…。自分なりに手を尽くしても、運命に抗うことができなかったんだな…と思わされました。
この作品では、近代社会の官僚制の不条理とそれに翻弄される個人の無力さを鋭く描き出しているようでしたが、一度読んだだけでは理解しきれない部分も多かったです。不条理な逮捕、処刑という内容には、政府の絶対的な支配やナチスドイツの表現が含まれているように感じました。同じようなところでじりじり待たされている感じには、ちょっとモヤモヤしてしまう要素があったけど、また読み返したい作品です。