『死にたがりの君に贈る物語』|読書感想文
綾崎隼さんの『死にたがりの君に贈る物語』を読んだので感想を書きます。私のような死にたい人にとっては、とても魅力的なタイトルだと思ったので、読んでみました。
あらすじ
「死にたがりの君」とは
最初は、作者のミマサカリオリ以外に結末を知ることなんて到底できないのに、7名の人物が作品を模した共同生活を送るなんて、随分と酔狂なことをするものだなあ…と思っていました。それほどまでに作品を愛していたとも言い換えられますけどね。「続きが読めないなら死んだ方がマシ」「死にたい」というようなことをつぶやくファンは、ちょっと愛が重すぎるのではないか…とも思いました。
でも、実は共同生活の真の目的は別にあって、「死にたがりの君」を救うためだったということに驚かされました。私のようなこの本の読者が「死にたがりの君」なのかと思っていたら、登場人物のことを指していました。きちんとタイトル回収がされていて、すごいなあ…と読了後に思わされました。
投じられた大きな謎
7名で共同生活を送っていたある日、調理室の机の上に、作者のミマサカリオリしか持っていないはずの『Swallowtail Waltz』の続きの原稿が置いてあるのが発見されます。7名の満場一致で、ミマサカリオリの書いたものだ!となり、原稿を置いたのは誰?、死んだミマサカリオリが7名の中にいるのか?という謎が投じられます。これを契機にお互いに疑いの目が生じ、波紋が広がっていきます。誰も想像していないようなあり得ないことが起こるというのは、ミステリの定番ですね。この大きな謎がどう変化していくのか、気になるような構成で書かれていて、とても魅力的でした。
一人の異端者
共同生活を送るメンバーは、ファンサイトにいた人たちで構成されているのに、一人のアンチと思しき人物が紛れ込んでいます。他の人たちに非協力的でずっと一人で過ごしていて、顔を合わせると「お前がミマサカリオリだろっ!」と問いただしたり、悪態をついたり、最年少の自殺未遂をした純恋さんをいじめたりしていきます。そんな異端者の存在に頭を抱えつつも、他の6名は買い出しを極力控えて、物語通りの自給自足的な生活を送りますが、離脱する者が徐々に出てきます。存在しないはずの原稿が発見されてから、どんどん離脱する者が出てきて急展開を迎えていく様子には目を見張りました。最後には一体誰が残るんだろう?、どんな結末を迎えるんだろう?と思いながら読んでいました。
99のグッド<1のバッド
「九十九人が褒めてくれたって、たった一人の批判が頭から離れない」というミマサカリオリの言葉が印象に残りました。言い換えれば、満足度99%ということにはなるけど、残り1%の満足してくれずに悪い評価を下す人の存在に深く傷ついてしまうんですよね。完璧主義の人は、どうしてもそういうマイナスなものに気を取られて、自分の良い面に目を向けられなくなってしまうものです。私もすごく共感できました。
ミマサカリオリは感受性が強く、繊細で傷つきやすい人物だったようです。大衆の心を掴む小説を生み出せる稀有な才能に恵まれたものの、それゆえに心に傷を負って壊れてしまっていた様子に胸が痛みました。人気ゆえに誹謗中傷は避けられないものだとは思いますが、「死ねばいいのに」とまで言われていたのはひどいな…と感じました。顔が見えないからといって、言っていいことと悪いことは区別してほしいものです…。
自分の時間を割いてわざわざ誹謗中傷を書き込む人というのも、心が病んでいるのかもしれない…と思いました。そして、小説家はその誹謗中傷に苦しんで物語が書けなくなる。続きを心待ちにしている読者はひどく悲しむ。という不幸の連鎖が成立してしまっていました。
小説を書くこと・読むことで命を救われる
ミマサカリオリは小説を書くことで命を救われていました。そして、読者の純恋さんはミマサカリオリの小説を読むことで命を救われていました。小学生の時から死にたいと思い続けて、リストカットを何度もしていたのに、「この小説を読み終わるまでは生きよう」って思えたそうです。命を救われるほどの物語って、ミマサカリオリの書いた『Swallowtail Waltz』の詳しい内容が気になりますね。私が救われる物語はあるのだろうか…と思いました。
「HUNTER×HUNTERが完結するまでは死ねないかな。だから、それまで生きるつもり。」とか「死ぬならカレーライスをお腹いっぱい食べてからだな…と思って、ただそれだけで生きていました。」と言っていた人の存在を私は思い出しました。みんな死なないでいられる理由を求めているのかもしれないですね。確かにHUNTER×HUNTERの続きは気になるし、カレーライスは美味しいし、私にはまだ読んでいない小説もたくさんあります。でも、私にとってそれが死なない理由にはならないかな…。
死にたいのに今日ものうのうと生きてる
最後のあとがきの部分がとても響きました。ミマサカリオリの言葉がとても好きでした。「今日まで嘘をついて生きてきた。叩かれるのが怖い。小説を書くのが苦痛だった。自分のことが大嫌い。やるべきことが終わったのに、死ねなくてまだのうのうと生きてる。それでも、まだ小説を書きたいという気持ちがある。…」というような内容です。このあとがきは、メッセージ性がすごかったし、特定の人物に向けて書かれているところが感動的でした。「死にたがりの君」が救われることを願わずにはいられない、美しく儚い終わり方でした。
私は「小説を書いてみたことはありますか?」「安理さんの書く文章は小説みたいに繊細な表現で素敵ですね。」って、何度か言われたことがあります。noteでは「これからも記事を読みます」というコメントをいただいたことがあります。私は小説家でも何でもない、しがない平凡な大学生ですが、“書く”という行為でなけなしの命をつなぎとめているのかもしれないな…って思いました。とにかく、『死にたがりの君に贈る物語』は素敵な本でした。