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【珈琲と文学】宮本輝『春の夢』
本日の文学案内は
宮本輝『春の夢』
です。
あらすじ
生きた!愛した!闘った!めくるめく、あの青春の日々よ。――なき父の借財をかかえた一大学生の、憂鬱と人生の真摯な闘い。それをささえる可憐な恋人、そして1匹の小動物。ひたむきに生きようとする者たちの、苦悩とはげしい情熱を、1年の移ろいのなかにえがく青春文学の輝かしい収穫。
解説
亡き父の借金を抱えた大学生・哲之の、
愛と闘いの一年間の物語。
宮本輝が描く青春小説です。
取り立て屋から身を隠すために、あえて母親と離れて暮らし、必死にアルバイトで金を稼いで生きる哲之。
そんな彼をひたむきに支える、純情で可憐で、しかし強さも併せ持った恋人・陽子。
哲之のバイト先のホテルの上司で、哲之とぶつかり合うが、重い持病があり、常に死と隣り合わせに生きている男・磯貝。
親がオーナーをしている貸ビルに住み、何不自由なく暮らし、「歎異抄」を信奉している友人・中沢。
登場人物はみな個性が際立っていて、
そしてそれぞれに己の生き様を持っています。
借金取りに追われる苦しい生活の中、
哲之は様々な人との出会いや別れを通して、
人生とは、人の生き死にとはなんたるかを知り、
己の人生や愛する人と真摯に向き合う。
そんな物語です。
そして、この物語を語る上で欠かせない最大の特徴が、トカゲの「キン」の存在です。
哲之が母親と離れ、ボロアパートに引っ越した初日、電気がまだ通っていないために真っ暗の夜を過ごします。
暗闇の中、哲之は壁に釘を刺すのですが、
翌朝見てみると、なんとそこに一匹のトカゲが生きたまま串刺しになっていたのです。
トカゲは一向に息絶える気配はなく、
哲之は彼に「キン」と名前を付け、
壁に刺さったままエサを与えて共生していくことにします。
闘いの日々を過ごす哲之にとってこのトカゲは、
折にふれて「生きるとは何か」「死とは何か」を考えさせてくれる、哲学的な存在となります。
煩悩と苦悩にまみれた若者と、
串刺しにされて尚、生きながらえるトカゲ。
一人と一匹の奇妙な共生関係が、単なる青春小説に止めず、宇宙のように広がる死生観を描いた、青春と哲学の物語…!!
感想
哲之は幼く、煩悩と苦悩にまみれた若者。
時に激情的に、時に鬱屈とし、
陽子を傷付けたり、磯貝と喧嘩をしたり、中沢を批判したり。
そんなエゴイストな彼だが、その愚直な生き様はエネルギーに満ち溢れていて、周囲の人に感銘を与えていく。愛されていく。
そして、陽子をはじめとし、いろんな人に救われながら、哲之は前に進んで生きていく。
こう見ると、
「苦難を乗り越える若者と、その彼女の青春ストーリー」
だが、それで終わらないのがこの『春の夢』。
この物語には終始、どこか澱んだ空気と
「生と死」の匂いが濃く漂う。
その正体は壁に串刺しとなったまま生きているトカゲ・キンの存在だと僕は思うのです。
壁に刺さったトカゲに名前をつけ、
世話をし、生かし続ける…。
哲之の愛と闘いの日々の裏にはそんな狂気じみた生活があり、そして折にふれて哲之は、このトカゲの姿と己の人生を重ね合わせる。
その描写が、内省的というか、
精神世界的というか、哲学的というか……。
とにかく、独特の「澱み」と「その中に微かに見える、生きる希望」があるのです。
運命という釘に打ち抜かれ、死ぬこともできず生き続けるしかなかったのだ…。
トカゲはいなくても、この物語は成立します。
でも、この「串刺しのトカゲ」の存在によって、
「死」や「抗えない運命」そして「生きる力」という物語のテーマが、観念的に描かれているのです。
直接的ではなく、象徴的な存在によって、
物語のテーマを浮かび上がらせる。
これぞ文学だと僕は思いました。
1980年代頃の若者の姿を
宮本輝の圧倒的な筆力で描いた名作。
現代の若者にはないような凄みがありますが、
現代まで普遍的に通じるテーマ性も孕んでいるはず。
すべての若者におすすめの一冊です!!
珈琲案内
◎マンデリン 深煎り
日本でも人気の高いマンデリン。
珈琲豆は浅煎りの方が豆本来の味が出やすいのですが、マンデリンは深煎りにしても風味や味、個性が損なわれず、美味しい苦味が出る豆です。
なので、マンデリンは深煎りにすることが多く、
マンデリン=苦い
というイメージもあるかと思います。
もちろん、浅煎りでも美味しいのですが、
今回はそのイメージ通り、深煎りをご紹介。
『春の夢』という青春小説でありながら、
人間の生と死について深く考えさせらる小説。
これにはやはり、
苦い珈琲をお供に飲むのがいいでしょう。
ぜひ、哲之と陽子とキンの、
愛と闘いの物語を、マンデリンと共に……。
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