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ホワイトチョコレート

バレンタインも過ぎてしまったが、40年以上経ってもふと思い出すことがある。

高校生の頃、突然別クラスの男子から話しかけられた。
彼が言うには
「ヨシザキがあんこさんのこと、好きなんやて」
「今日の放課後、待ってるからって」
そんなことを伝えられた。
突然のことで何が何だか、しかもヨシザキ君って顔と名前くらいしか知らない男子だった。

ヨシザキ君はヨシくんと呼ばれていた。
伝えられた場所に行くとヨシくんがいて、
「付き合ってほしい」
私は恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
ヨシ君を好きな訳ではないのに男子とのお付き合いの経験がなかったからどうしてよいやら何を話すべきかもわからなかった。

そこからヨシくんとのぎこちない付き合いが始まった。
ヨシくんは野球部で毎日遅くまで練習していた。
片や私はほぼ帰宅部だったから一緒に下校するという憧れのシーンを持てなかった。
「待っててほしい」
とも言われたが部活に行く気にもなれず、好きだった図書室も遅くまで開いていない。
その頃は携帯もなくクラスも違ったから気軽に話すことさえできず、親の目を気にしながら休日に時々電話で話し、ごくたまに田舎のショッピングセンターの休憩椅子で話していた。
「お付き合い」とは?
何をするのだろう?
でも少しでもヨシくんと話し、校内でも会えることが楽しみになっていた。

そうだ、私はいつの間にかヨシくんのことが好きになっていたのだ。
そのうちバレンタインが近づいてきた。
チョコを渡したい。
手作りはハードルが高いからこれまた田舎のショッピングセンターで数少ない中から選んだ。
ホワイトチョコレートでハート型に天使がいるような形だったと思う。
お店で包装もしてくれたが、何故か私は包装くらいは自分でやりたい!と包装紙だけを買ってきて下手くそなラッピングをした。

当日、ドキドキしながらヨシくんを待っていた。
私達が校内で会う場所は決まっていて図書室の近くだった。
たぶん増築された校舎なのだろう、そこだけ曲がりくねった複雑な形の渡り廊下のようになっていてあまり人が通らなかった。

ヨシくんが現れて私はコソッと赤い包みを渡した。
どんな会話をしたか覚えていない。
野球部の大きなバッグにチョコをしまい、ヨシくんはまた練習に行ったと思う。

その後、何日か経って電話で話した時、
「チョコまだ食べてない」
と言われた。
えっ!?なんで!?
ヨシくんは食べるのが勿体なくてしかもホワイトチョコレートが好きだから食べられないと言った。
何ヶ月か経ってもまた食べてないと言われた。

そして月日が流れ、ヨシくんを好きだというライバルが現れた。
優柔不断でまだまだお子様だった、ヨシくんと私。
ライバルにヤキモチを焼いたりしたがそもそも「お付き合い」の仕方もわからなかったのだから消滅するのは早かった。
ヨシくんからの最後の電話、
中国語で
「サイチェン(再見)」

「さよなら」でもあるけれど
「またね」でもあるらしい。
やはりヨシくんは優柔不断だなと思った。

「サイチェン(再見)」と言ったヨシくんに再会したのは妙な場所だった。
親戚のお葬式であった。
ヨシくんは葬儀屋に就職していた。
その時私はもう結婚していて、ヨシくんは同級生と結婚したと噂を聞いた。
お相手はあの時現れたライバルではなかった。
私はヨシくんがいるのがすぐにわかった。
ヨシくんも私の方を見ていた。
でも場所が場所だけに言葉を交わすことはなかった。

バレンタインにあげたホワイトチョコレートはどうなったのだろう。
ヨシくんは食べたのだろうか。

こんなに年月が流れても2月になるとふと思い出す。
好きだった図書室の近く、あの曲がりくねった渡り廊下・・・

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