天晴れDay!
久しぶりに息子を熊本市内へ送った。
高校時代の友人と会うらしく、新しい服を羽織ってお気に入りの香水をつけ、とても楽しみにしてしているのが表情から分かった。
実家から熊本市内までは、車で約二時間かかる。
不知火海を右手に眺め、左からは有明海に見つめられながら清々しい陽気の中を走る。
音楽を聴いていた息子が思い出したように身を乗り出して、運転中の私に言った。
「あ、パパ!これ、あげるの忘れとった。」
ちらっと見るとお金のようだった。
「パパなんか貸してたっけ!それならほんとに忘れてるけんよかよ。」
「あ、違うったい。この前会社の後輩とコストコ行って、帰りに運試しでスクラッチのくじを買ったらさ、五千円当たったんよ。だけんさ、半分の二千五百円!これパパの!」
「なるほどな!ありがと、もらっとくわ。」
この何気ない会話には、多少、いやとても大袈裟だとは思うけれど、親子のある約束が背景にある。
息子がまだ小学校低学年の頃、ショッピングモールのくじ売り場でアニメのキャラクターとコラボしているスクラッチクジののぼりを見つけ、一回挑戦してみたいと言ったことがある。
クラスの親友もどうやらお父さんと試したらしく、コインでマスを削るのが楽しいという話を聞いていたらしい。
「こういうのはなかなか当たらんようになってるけん、お金をたくさん遣ったらたらもったいないけんね。じゃあ試しにパパとしゅんで二回ずつやってみようかね!」
そう言って購入し、ベンチに腰掛けて削ると、初めての経験だからか息子も大喜びで、あれこれ考えながら擦っていた。
息子のスクラッチは二枚とも残念賞だったけれど、運よく私のクジが千円に当選していた。
「お!珍しい!これはしゅんにあげるよ!」
「え?パパが当てたんだから、パパのものでいいよ!」
「分かった!んじゃさ、二人で買ったけん、半分に分けよう!それならいいでしょ?」
そう提案すると、息子は大喜びで五百円を受け取った。
その年だったか、翌年だったか、また運試しで同じようにキャラクターのスクラッチを二人で買うと、今度は息子が五千円当たっていた。
「え!これ珍しいよ!すごいやん!よかったなぁ!」
そう頭を撫でてやると、
「じゃこれ半分こして!半分はパパのやけん!」
前回私が五百円をあげたのを覚えていたらしい。
「これはこの前より大きなお金やから、パパがもらう訳にはいかんよ。自分で当てたんやからしゅんのだよ。」
けれど息子はどうしても納得しない。
「分かった!パパ半分もらうね!今度もしパパが当たったら、その時はしゅんもまた半分ちゃんと受け取ってね!そうだ!こうしよう!これからさ、もしスクラッチとか、宝くじとか運よく当たったとしたら、なんでも全部半分こにしようか?どっちが当ててもきちんと分けよう!」
「分かった!!約束やね!」
そう言ってジュースを買って家路についた。
高校生くらいまで一緒に出かける機会が多く、こうやって二人で分け合う時も何回かあった。
息子が大学で他県に行き、社会人となってからはなかなかそういうチャンスがなく、それでもこの約束を覚えていたようだ。
「パバ、そろそろ何億円か大きな宝くじ当ててくれよ。」
「当てれるもんなら当ててるわい!」
そんな会話をしながら、コーヒーを飲んだりタバコ休憩をして目的地を目指した。
晴天の中を、海鳥が仲良く羽ばたいていた。
その鮮やかな青をそのまま映したような海原には、鴨の群れが佇んでいて、身繕いに勤しんでいた。通り慣れた海沿いの国道が、いつにも増してキラキラ輝きを放っていた。
暑い夏がやがて終わり、心地よい秋晴れの日が間もなくやって来るなぁと、見慣れた風景を見ながら改めて思った。
いつであったか、まだ子供達が小学校にあがる前の、ある秋の週末だったと記憶している。
当時私はあるレストランの責任者として勤務していた。
夕方に仕事が終わり、同じように海を横目に帰宅した。
いつもなら
「おかえりパパ!」
と、出迎えてくれるはずの息子と娘が何故かやって来ない。
ご飯中かな?と思ってリビングへ向かうと、二人は口をへの字にして下を向いている。
「なんかあったと?」
と母に聞いた。
「なん、なんもなかとよ。お昼にほら、北島さんのおばさんが家に寄らして、ビールとお米、そしてこのチョコケーキを二つ、しゅんちゃんとわかちゃんにってお土産を持って来らしたったい。晩御飯もちゃんと食べたけん、二人ともチョコケーキが大好きやろ?だけん、早めに食べなさいって言うたら、『 パパが帰ってから!』って言うんよ。パパは甘いのはそんなに好きじゃないけん、多分帰って聞いても、二人で食べなさいって言うよ。それに何時になるか分からんから。」
「パパが帰って来てから。」
「頑固にそれしか言わんから、もう勝手にしなさいって言うたとこやったんよ。そしたら今度は黙ってしもた。」
私は母の話と子供達の表情がおかしいやらどこか嬉しいやら、少しいじらしいやら、笑顔になってこう言った。
「しゅんもわかなもパパを待っててくれてありがとね。えっと、ケーキは二つやから、二人で食べていいよ。」
すると息子が、
「そしたらパパの分がなくなるけん。」
「パパがお仕事頑張って帰って来たのにあたしたちで食べたらパパが可愛そうやもん。」
娘もお兄ちゃんの味方をして援護する。
(こりゃ手強いな。甘い物よりまずはビールといきたいけれど、そんなんではパパ失格やなぁ)
心の中で自問自答しながらこう言った。
「分かった!ならこの二つのケーキをそれぞれ包丁で半分こにしよう。そうしたら四つのケーキになるから、それをひとつずつ三人で仲良く食べよう。ひとかけら残ってしまうけんそれは二人で小さく分けて食べるっていうアイデアはどう?」
「小さなケーキも三人で分けたらいいんじゃない?」
息子の一言で、
『二つのチョコケーキ、いつ食べるか誰が食べるか事件』
は無事に平和に解決した。
一幕を遠くから観賞していたじぃじとばぁばも笑っていた。
子供達が眠った後、母がコーヒーを飲みながら、
「しゅんはおっとりしてるようでまぁ頑固やね。パパは甘いのは食べんけんってわたしがどんだけ言うても『パパに聞いてから!!』て譲らんのだけんびっくりするわ。けど、そこはちゃんと褒めてやらんとダメよ。わたしとお父さんは嫌われ役になってじぃじとばぁばはうるさくて怖いって思ってもらってもそれが役割やけんて思う。あんたはたった一人の親やから、味方になってやらんとねぇ。あの子達の逃げ場になったり甘える場所になってあげないかんからね。」
「しゅんもわかなも感心よ。ちゃんと毎晩、亡くなったママの仏壇に線香をあげてお参りして寝るんやから。あんたはまだ高校生の頃やったか、おれは神様も仏様も信じらん!亡くなったら土に戻るだけって言いよったでしょ?でも今はどうね?しゅんがひきつけ起こして入院して、わかなが高熱出して入院した時、心の中で、亡くなった奥さんに、『どうかこの子達を守ってくれ』ってお願いしたでしょ?その気持ちが届いて叶えてくれたからこうやって素直に元気に育ってくれてるって、いつも感謝の気持ちを持ちなさい。」
と、優しい表情で言った。
私は母の口元と、天井の方を交互に見ながら頷いていた。
そんな昔の出来事を思い出しながら、車を運転していた。
今日は、いつ以来だろうか、久しぶりに息子を熊本市内へ送っている。
最近ではすっかり頼もしくなり、息子もほとんど私を頼らなくなっている。
免許を取って一年が経ち、初心者マークも無事卒業し、愛車で友達といつも出かけ、お土産まで買って来てくれる。
母が、
「あんたもなんとなく寂しいんじゃない?」
と揶揄い半分で言うので、
「なん?頼しかたい!安心しとるよ!」
そんな会話をついこの前したばかりである。
「パパ、車を点検に出してるけん、もし暇なら送って欲しいんやけどいいかな!?街で少し待たせるかもやけど、時間とか大丈夫?」
「え!?あ、大丈夫よ!買い物もあるし、一緒に行こかね!」
そんなこんなで車を運転している。
清々しい秋晴れだ。
真っ青な空と海。
アーケード街から眺める夕日もきっと美しいだろうな、そんな風にあれこれ考えていると、いつの間にか息子は寝息を立てて気持ちよさそうに眠っているようだ。
人はお母さんのお腹にいる時も、産まれてからも、成長してわんぱくになっても生意気な思春期の時も、大人になっても、やがて天に召されるその日も、寝顔はずっと変わらないんだなぁ。
と、いつも思う。
それはきっと神様が、
「この子が生まれて来たことを、ずっと忘れないでいてほしい」
と、愛に溢れた願いを託した贈り物なのかも知れない。
そしてこうやっていい天気の今日、息子と二人出かける機会がもらえたのは、少しだけしょんぼりしていた私に、天国の妻が笑いながら贈ってくれた、ささやかで何より嬉しいプレゼントなのかも知れないな。
息子のいつも変わらない寝顔と、心を映したかのような紺碧の秋空を眺めながら、そんな風に、ふと思った。