広がり、包み込まれる物語。脈々と受け継がれるもの・藤原無雨「水と礫」
こんにちは、hirokoです。
今日は読書感想文。
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第57回文藝賞受賞作「水と礫(れき)」読了。
※以下、ネタバレあります。ご注意ください。
東京でどぶ浚いの仕事をしていた主人公クザーノが、仕事中に起こした事故により、仕事を辞めて実家に帰ったところから、物語は始まる。
あぁ、もしやこの主人公の内面が延々と語られる、重苦しい話なのだろうか・・・と思いきや、いきなり、らくだが出てくる。
らくだ?あの、こぶのある??東京なのに???と混乱したところに、さらに「砂漠を越える」ときた。
どうやら想像とは違う展開のようだ。とにやりとする。
こういう先の読めない展開、ものすごくわくわくする。
東京で体に溜まった水を砂漠の熱で灼くべく、らくだのカサンドルと旅に出たクザーノ。砂漠で意識を失い、見知らぬ街の人々に助けられる。その街の食堂で働くこととなり、食堂の娘と結婚し、子供をもうけ・・・
という話なのだが、それだけではないのである。
1,2,3と進んだ話が、再び1に戻る。
それが繰り返される。
そのたび少しずつ時間軸がずれ、登場人物が増え、微妙に変化し、物語が広がりと奥行きを増していく。
そういう展開と気づくまで、この作者の文章に慣れるまで、多少混乱したが、それも物語に入っていく楽しさのひとつ。
螺旋階段を上るように、少しずつ広がり深まっていく物語。
脈々と受け継がれるものと、変わってゆくもの。
失われるものと、育まれるもの。
命と、魂に刻まれる記憶。
ちいさな世界を描いているようで、実は壮大な物語。
家系や血。そんな切っても切れない濃い絆のようなものに、自分も包まれ守られているのか、と読み終えて切なくも温かい気持ちになった。
よく知る東京とは違う。登場人物の国籍も、時代も、わからない。
次々と開く扉が、時間や空間の感覚を歪ませる。
果てしなく続く物語に迷い込んでしまったような。
いつまでもこの世界にいたい、と思ってしまうような。
奥行きを感じる、とても心地よい物語だった。
葉巻。らくだと砂漠。旅。
旅に魅入られた人。
それだけでもう、夢中になってしまうよね。
83/100