大好きだったあの人vol.18
「うーん、どこのホテルも似たようなモノだけど
夜景が綺麗なのはアナタと見るからかな」
そんなコトを彼は言ったような気がする。
バスルームから夜景が見えたような気もする。
「コレ、どっかから見えやせんか?」と思ったような気がするので…
でも『品プリ』にある夜景が見えるバスルームの部屋はスイートルームなのでそれは違うホテルだったのかもしれない。
さすがに一流ホテルのスイートルームなら記憶に残ってそうだもん。
実はせっかくの『品プリ』をアタシはあんまり覚えてない。
彼の言う通り、ホテルなんてどこも似たり寄ったりだ。
多分、品川プリンスよりも行きたい場所があったからだろうな。
でも、アタシは「本当はアナタの家に行きたいんです」とは言い出せなかったんだ。
あの東京旅行で強烈に覚えているのは東京タワーの脚。
六本木で夕食を済ませ、お酒も飲みに連れて行ってもらった。
ホテルへ向かうタクシーに乗る前に東京タワーを見せてくれた。
脚の真下から見上げた東京タワーが今も忘れられない。
ライトアップされ、毒毒しいまでにオレンジ色の光を放つ脚部分。
その赤い光に突き刺されるような感覚を今も鮮明に覚えている。
胸に突き刺さる光の矢。
眩しいくらいの東京の夜。
アタシだけ1人、異質な田舎の小娘。
「ココはオマエの住む場所ではない」
まるでそう言っているかのような攻撃的な光として、今も強烈に記憶の中に残っている。
一緒に過ごす時間はあっという間に過ぎ、帰りの新幹線に乗る時刻になる。
シンデレラエクスプレス。
アタシの住む街には午前零時ちょっと前に着く便だ。
彼はグリーン車のチケットを購入してくれた。
「こんな贅沢しなくてもいいのに」
「ダメです。疲れてるだろうからリラックスして帰ってほしいんです。
それに新幹線は意外にも痴漢が出るんですよ?
グリーン車ならパーサーが往来して安心できるから」
「痴漢、て。そんな大袈裟な…」
「僕が心配なんです」
彼はホームまで着いて来てくれた。
アタシは彼の胸に顔を埋めたまま、「帰りたくない」と言った。
でも彼は「今日は帰らないとダメです」と言った。
「イヤだ、一緒に居たい」
アタシも渾身の勇気を振り絞って言った。
「今日は帰ろう?」
彼は新幹線の中にアタシを押し込んだ。
座席に座ると窓越しに彼から携帯着信。
「あっちに着いたら何時になってもいいから電話ちょうだい」
「Sちゃん、アタシ、帰りたくないよ」
アタシは泣いていた。
電話越しに発着ベルがホームに鳴り響く。
確かあの当時の東京駅の発着を知らせるベルは音楽だったと思う。
新幹線は無情にも滑り出す。
彼は歩いて着いてきてくれる。
「Sちゃん、Sちゃん」
アタシは涙が止まらない。
新幹線はスピードを増して、彼はどんどん見えなくなる。
「またおいで」
耳元で彼の声が聞こえる。
アタシは携帯をそっと切った。
そのまま、人目も気にしないで新幹線の中で泣いた。
悲しくて悲しくて…
新幹線という公共の場所で、自分がどれだけ恥ずかしいコトをしてるのかそんなコトも気にしないで。