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31.森瑶子さんの本

 

 わたしの読書経歴を紐解くうえで、森瑶子さんは、やはり外せない作家です。「情事」は、森瑶子が、38歳の時の処女作「すばる文学賞」新人賞を受賞した作品。

「夏が、終ろうとしていた。見捨てられたような一カ月の休暇を終えて、秋への旅立ちを急いでいる軽井沢を立ち去ろうとしながら、レイ・ブラックベリや、ダールの短編の中に逃げ込んで過ごした、悪夢のような夏の後半の日々を、考えている」

 冒頭の文節から、もう森瑶子でしかない始まりかたです。私がこの本と(この作家と)出会ったのは、確か高校の終わり。当時、父が兵庫県の香住(現在は加美町)の夕日がみえる高台で旅館を営んでいて、誰もいない食堂でこの本をおしまいまで一気に読み終わり、鳥肌が立ったのを覚えています。男を愛するとは、こういうことなのか!とそれは衝撃だった。

 

 次に、読んだのは「カフェ・オリエンタル」。本をきっかけに、20代、バンコク「オリエンタルホテル」へと旅をしました。 

 ほか、「ジンは心を酔わせるの」「ホテルストーリー」「ハンサムガールズ」「デザートはあなた」「ベッドのおとぎばなし」「ファミリーレポート」などなど、高校・大学時代に、むさぼるように森瑶子の都会的でノスタルジックな大人の世界観に浸った日々。今読んでも、うまいなぁと感嘆せずにはいられない。独特の、世界観がある。

 繊細な感性の糸でぐるぐるにして、自分を縛り上げて、他人を許す。そんな女の悲しみと、孤独と、潔い生き方に、ため息をついた。森瑤子の書くものには、女の性が、生き方がドラマチックなまでにせつないのでした。

 文のセンスもさることながら、よき妻、よき母、よき主婦でもありました(東京芸大出身の音楽家、若い頃はコピーライターでした)。

 忙しい執筆の最中にも「家族への惜しみない愛」を忘れなかった森瑤子は、女性としても仕事人としても永遠の憧れ。「森瑤子の料理手帖」は、料理好きな彼女のレシピがちりばめられていて、オイルサーディンで作るヨロン丼や、イギリス式朝食、クリスマスのごちそうなど、長年、わが家の食卓にも登場しています。

 37歳でデビューしてから52歳で没するまでの執筆人生に書いた本は、ナント100冊以上。死の床についた森瑶子は、最期ホスピスで療養しながらもペンを離さず、笑顔を浮かべながら『生きていくのも死んでいくのもどっちも幸せ』と、おっしゃったとか。

 当時。森瑶子の死を。最初の広告事務所のデスクにいて、ラジオから聴いて、涙が止めなく溢れてくるのを止められなかった。トイレに駆け込んでは再びさめざめと泣いた。せめて、血を吐くほどの熱量で執筆された本を忘れないで。大切に読ませていただこう、そう思います。

 

 2020年【7日間ブックカバーチャレンジ】より一部改稿。

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