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「ネット私刑(リンチ)」 安田浩一を読んだ

不寛容で攻撃的な「気分」が広がっている。


不穏な書き出しではある。

だが、最近そう感じる事件が増えてきた。小学校が管理する掲示板で、女子児童がいじめを受け、自ら命を絶ってしまう世の中になってしまったのだから。

デジタルネイティブの子どもたち。我が家の小学生らにも、タブレット端末が1人1台与えられている。

今後、成長と共にネットを使う頻度は高くなる一方だ。否が応でもネットは生活の一部となり、デジタル空間でのいじめは他人事では無くなっている。ネットやSNSと付き合うのは、大人でもなかなか難しい。まずは危険性をしっかり知ることが必要だと感じている。

現実世界とは違うネットの世界


ネットは批判や中傷、差別や偏見のハードルを一気に低くした。現実世界のいじめや「私刑(リンチ)」であれば周囲の目もあるし、だからこそ躊躇(ちゅうちょ)や懐疑(かいぎ)も生まれる。それが歯止めとなることもある。

だが、ネットの世界は違う。


ネットの書き込みでひとりの人間を死に追いやった側も、正義を唱えながら真偽不明の情報を垂れ流す者も、

・いずれも共通するのは、人間の「痛み」に対する想像力の欠如である。


低コストで、イージーで、手間のかからない暴力である。そして_____暴力であるという自覚を生まないところが、より深刻なのだ。


・閲覧以外にネットは使わない

今の子どもたちはネットリテラシー教育を受けてはいるものの、ネットの本当の怖さを理解するのは難しいだろう。「人を傷つけてはいけない」「相手の心を傷つけている」と諭しても、その言葉さえ届かない人たちもいる。


対策として

・ネットで中傷することのデメリットを教えるべき

とある。

「そうすることがどれだけ自分の損失につながるのか、加害者になったとき、罪を背負い、社会から孤立し、信用を失い、人も離れていく。メリットなんて何一つないことを教えるべき」

これを小学生に理解させるのは、とても難しいかもしれない。ただ、自分の身近な人を例にあげて、具体的に想像させることはできそうだ。

さらに、

・自らの感情をコントロールできない人は、閲覧以外にネットを使わないほうがいい。

・自ら情報を発信するのもやめる。


「こうしたことに徹しない限り、誰でもネット私刑(リンチ)の加害者になってしまう」という。感情をコントロールできないのは何も子どもだけではない。大人でも悪条件が重なれば、感情のコントロールが困難な時もある。

ネットは万能な玉手箱のようだが、使い方によっては時に武器となり、人の命を奪う凶器と化す。学校で机を並べていた仲間から中傷された子どもが自ら命を絶つこともある。

たかがネットの書き込み、では済まされない。たとえは悪いが、「貧者の核兵器」のようなものだ。
ただの暴力だ。卑劣で下劣な暴力だ。それをはっきり自覚する必要がある。
現実社会で許されないことは、ネットという空間でも許されない。

・現実社会で口にできないことは、ネットでも書き込むべきではない。


この一文に尽きるだろう。

「ネットはさらしている自分自身をも暗闇に追い込む」のだから。

もちろん、ネットは悪いことばかりではない。実生活で居場所がなかったり、孤立している子どもにとっては、唯一自分を解放できる場所だ。大人だって建前だけの人間関係に疲れた時や、職場や身近な人には話せない本音をさらけ出したい時もある。ネットは気軽に他人と繋がってコミュニケーションを楽しめるサードプレイスでもあるのだ。

学習アプリで勉強したり、音楽や動画を楽しんだりもできる。海外の友人と気軽に交流できるのもネットがあるおかげ。ただ、使い方や関わり方を一歩間違えると、取り返しのつかない危険と隣り合わせだ。

子どもたちには、ただ恐怖心を煽るばかりではなく、適切なリテラシーを身に着けてほしい。いっそのこと運転免許のように、幼い間はフィルタリング(閲覧制限)下で使用制限を設けるのはどうだろう。一定年齢に達すれば「インターネットリテラシー検定」を受検し、合格したグレードに応じてフィルタリング解除資格を得るようにするというのは、子どもの可能性を狭めてしまうだろうか…。

子どものネットやスマホとの付き合い方は、ゲームと同様、知人友人間でも「心配事・悩み」として定期的に話題に上る。ネットリテラシーについては、我が家でも機会あるごとに繰り返し伝えていきたいと思っている。





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