藤井風 持てる者だけが味わう孤独
持てる者と持たざる者
「天は二物を与えず」という。
「天賦の才」とはいうが、藤井風は天から二物どころか、三物も四物も与えられているように見える。
音楽的才能、美しい容姿、素直で誠実な性格。
そして今、国内にとどまらず世界へと繋がるチャンスも手にしている。
感情を露わにした藤井風
そんな中、昨年末に藤井風がツイッターを全部消した。
「自分の信念は揺らぐことはない」
「他人の事よりも自分の事を考えて」
と言い残して。
彼の音楽に惹かれ追い続けてきて3年あまり。これまでは、これほど感情を露わにすることは無かったように思う。なぜこのような形でメッセージを発信したのか。真意は本人にしかわからないが、概ねTwitter上でのトラブル回避だと思われる。
見つけてほしい 認めてほしい それだけの行為だった
藤井風の注目度が上がると同時にファンの人数もうなぎのぼりに増え、Twitterでは彼に「見つけてほしい」ファンが目立つようになった。
人間の承認欲求や自己顕示欲は高次な欲求とされる。しかし、世間に注目されたい、認められたいという欲求は、一度火が付くとなかなかコントロールが難しい。承認欲求は貯めておくことができないため、「認めてほしい」はエスカレートする一方なのだ。
Twitter上では彼に「見つけてほしい」と、ほど良い距離感を見失ってしまうファンが続出した。「認めてほしい」を募らせた挙句、法や倫理に抵触する行為が目立つようになり、彼の発信を発端とする揉め事がたびたび起こるようになった。
優しく正義感の強い彼はきっと、そんな状況に心を痛めたと同時に辟易(へきえき)としてしまったのだろう。Twitterは藤井風の寵愛を競い合う後宮や大奥ではないし、ファンの間でいいねやフォロワー数を競ったところで、承認欲求は永遠に満たされるわけではない。
世間の耳目を集め賞賛の声が増えると同時に、その反対勢力(アンチ)も出てくるのが世の常。流行りものや話題の人に「便乗」するのは「業界とその界隈」では常套手段だ。
紅白出演後には彼の信仰に言及し、音楽活動自体に疑問を呈する者まで現れた。反社会的な言動を伴うものは論外だが、思想信条信仰の自由は国民の権利であり、著名人であってもそれを公言する義務はない。
アイデンティティーを否定されることは誰であっても辛いものだ。投げた石は必ず自分に跳ね返ってくる。たとえ、どんな過去や背景があろうとも、誹謗中傷していい人間など存在しない。
何でも「持っている」?それとも…
なんにせよ藤井風は、あの音楽的才能と容姿だ。控えめにしていても自然と目立ち、注目される。幼いころから周りの大人には褒められることも多く、年頃になれば否応なしに異性の目を引いたに違いない。
だが、その「持っているもの」と引き換えに「普通」を手放していた彼。到底、凡人には考えも及ばないような世界を見てきたと想像する。
「普通でいたい」という思い
2022年5月のMUSIAインタビューで語っていたように、彼は「普通の子」を強く意識していた時期があった。(のちに「普通でいる必要がないってことに徐々に気付いた」と言っている)。この言葉には「自分と他者の違い」を敏感に感じる繊細さが見受けられる。
日本では「普通」で「みんなと同じ」であることが優先される。いわゆる同調圧力だ。
藤井風は「みんなと等しく」「普通でありたい」と願っていた。そのため、子どものころから人間観察に徹するようになったのだろう。
それに対し、圧倒的少数派である彼の「普通ではないこと」に対して、理解や共感を示される機会は、ほとんど無かったのではないだろうか。
上記内容の詳細はこちらの記事で↓
「あり余る富」ゆえの功罪
最近読んだ「六人の嘘つきな大学生」で膝を打ったというか、印象的だった部分。
才色兼備な女子大生「つばさ」について、学生時代をよく知る友人が語るシーン。知性や行動力だけでなく、たぐいまれな美貌を持つ「つばさ」。周りの人気をひとり占めしているように見えて、嫌がらせを受けていた。
美しく才能あふれる人は「ただそこにいるだけで」注目を浴び、認められ称賛される。そしてそれは「ただそこにいるだけで”意図せず”誰かを傷つける」こともある。つばさは「まるで藤井風のよう」だと思った。
音楽の才能と魅力的な容姿を持つ藤井風は、否が応でも人々の注目を集めてしまう。それがたとえ、血のにじむような努力の結果であっても、「好きこそものの上手なれ」で自然と身に付けたものであってもだ。
持って生まれたものは永遠ではないし、努力は必ず報われるとは限らない。現代社会は不寛容で、かつ不平等なものだと、みんな薄々感づき始めている。隣の芝生は青く見えてしまうし、「持てる者」は輝くほど「持たざる者」の羨望や嫉妬、妬みや僻みを刺激し、反発心を誘発する。
「持たざる者」たちから見れば、光り輝く藤井風はまぶしすぎるのだ。
藤井風は、まばゆいばかりの光をまとっている。明るい光の反対側には、必ず暗く濃い影ができる。
才能や容姿、環境に恵まれている上、柔軟な思考と努力を継続する力もある。家族や周囲の人間から期待され、愛されて育ったオーラが振りまかれていれば、何が起こるか。
「まぶしすぎて直視できなくなる」
光を放つ者に憧れつつ、間近で直視し続けるうちに、つい自分と比較してしまう。やがてはそんな自分がみじめで苦しくなり、自己嫌悪に陥ることもあるかもしれない。
藤井風も上京したばかりのころは、自分と周りを比べて「持っていないもの」ばかりに目が向き、ネガティブ感情に囚われたこともあったという。
「あり余る富」を「持てる者」に見える藤井風でも「持っていない」とネガティブに傾くこともあるらしい。彼は凡人には到底理解できないような孤独を抱えて生きているのかも知れない……。
「誰も傷つけない」は難しい
何もしなくても健康な人は、健康的な食生活にこだわらないし、体質的に痩せの大食いならダイエット食品には関心を持たない。
ただお弁当食べてるだけで、授業受けてるだけで、登下校してるだけで…「ただそこにいるだけで誰かを傷つける」こともある。実は「誰も傷つけない」ことはとても難しい。
傷ついた経験のない人は「誰も傷つけない」ことを意識したりはしないだろう。
自分が明るく暖かい光の中にいる時には、光の反対側に置かれた人の状況や心境を想像するのは難しい。
だが生きている以上、誰もが光の反対側を見るかもしれないのだ。
どんなに恵まれていようとも、努力を重ねようとも、自然災害や事故、病により一瞬で「持たざる者」となることもある。だから慢心はよくないし、もし心ない言葉を掛けられたり、傷付けられたりしたら当然、怒ってもいい。だがその後には
「なぜ、このような言動をしてしまうのか」
想像力を働かせてみてほしい。
「努力する環境やチャンスさえ与えられていない」
「社会的に虐げられていると感じている」
「どこにも居場所がない」
といった光の反対側にいる人たちにも、想いを寄せてみてほしい。
「孤独な人に寄り添いたい」
と、いつか彼が話したことがある。
本当の孤独と「持っていること」の尊さを理解しているからこそ、歌に込めたメッセージが伝わり、多くの人がその音楽に癒されているのではないだろうか。
音楽と宗教、人間と信仰は表裏一体
人間は原始時代より自然災害や疫病などの災厄から逃れようと歌い踊り、祈るようになった。死者を悼み弔う儀式や、自然への畏怖から宗教や信仰が起こったという。
長引く感染症禍で誰もが疲弊している。
そんな渦中でも藤井風の歌が、多くのリスナーの心を癒し続けているのは誰もが認める事実だ。ミュージシャンは音楽がすべて。音楽に関しては誰も何も咎めることはできないと思っている。
デビュー当初から彼は信仰の対象を明言していない。だが、これは隠したり騙したりすることが目的ではないはずだ。むしろ特定の信仰対象に言及することにより、リスナーとの間に壁(ボーダー)を作りたくないのだと思う。
なぜなら、彼の目指す先は言葉や民族、性別や年齢の垣根を超えたボーダレスな世界なのだから。
「何なんwって何なん」の解説動画では、むしろ明け透けで大っぴらに自分の信じる道を話している。
これを見て何も気づかなかった人は少ないだろう。1st.アルバムタイトルやレーベル名が発表された時も、ファンの間で彼の思想や信仰の話題で盛り上がったのは記憶に新しい。
「世界規模の価値基準を持つ、国内だけにとどまらないアーティストになるね」と。
「持っているものに感謝を」「自分を省みて愛せよ」「見えるものだけに囚われない」「執着を手放す」は哲学的思想にも通じる。人として理想の生き方でもある。
あとはリスナー自身が彼の音楽を「どう受け止めるか」が問われる。知った上で吟味した結果、「もう二度と交わらないのならそれも運命だね」。選ぶのも決めるのも自分自身で、自由だ。
デジタル空間では人の噂も75時間というが、Twitterを流し見ると相変わらず喧々諤々としている。しかし、それだけ世間の人々が彼の音楽に熱い視線を注いでいるいうことだろう。
ライブツアー中の動画が流れてきた。思わず再生すると、やはり藤井風の音楽とパフォーマンスには心を揺さぶられてしまう。わたしはこれから先も彼の音楽を聴き続けたい。2023年も、ひたすらそう願っている。
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