躁うつ日記#22 ほしかったのは、ただのふりかけ
私の夫はストレートに物を言う。思ったことを割とパッと口に出すタイプで、言っていること以上の意味を含まないことがほとんどだ。
先日も、食卓を見て「今日はおかずが少ないね。ふりかけある?」と聞かれた。
その日の私は連日の慣れない外出で疲れていて、なんだか一日をデロンデロンで過ごした罪悪感があったので、たちまち、夫の言葉を「こんなにおかずが少ないの!?もうちょっとなんかないの?」と変換し、心に刺してしまった。そう、自分で刺してしまったのだ。
ここで、以前の、バリバリに調子が悪い時だったら、瞬間的に泣き、怒り、「どうせ私は何も出来ない😭😭😭😭あなたは家事を手伝ってくれない😭😭😭」とブチギレ、その後数時間ただ固まる人になっていただろう。
しかし今の私には少し心のゆとりがあり、自分で刺してしまったものは自分で抜くことができる。
夫は、いつもよりおかずが少ないから、他にふりかけがあったら嬉しいなあ、が言いたいということ。「(冷凍の)からあげも出す?」と聞いた私に、「ありがとうね〜」と言いつつ、やんわり断ってくれた。たぶん、私の負担を考えて。
こういう優しさの方を、受け取っていきたいと思った。
次の日。今日はもうちょっとおかずの量と種類を増やそうと思い、スーパーに行った。
おかずの種類を増やすとしたらどんなバリエーションがあるだろう。漬物は夫はあんま食べないんだよな、と考えながらうろうろしているときに、ふりかけが目に留まった。
そうだ。ふりかけって言ってたじゃん。ふりかけって言ってたんだから、ふりかけを楽しめばいいんだ。おかずを増やすトライも悪くないけど、ふりかけも、別に買えばいいじゃん。
心のどこかにあったジリジリとした思いが少し減る感覚があった。そうして私は、大人のふりかけと、そのほかの食材を手にスーパーを出た。
その日の夕食どきは、昨夜のリベンジもあり、多めにおかずを作った。ちょっと作りすぎたかな、と思いつつ、まあ残る分には私は困らないからいいか、と思い直す。
「そうだ、ふりかけもあった」と思い出し、棚からふりかけを出す。パッケージには、6種類の味が表示されていた。
6種類……!この小ささで、6種も味が楽しめる!おかず一品を増やすのにどれだけ頭を悩ませていたことか。それが、6種類も!(うるさい)
さらに、その日のコンディションによって外出のハードルが変わる私にとって、買いに行ける時に適正な量を買い出すという見積もりが難しく、すぐ食材を切らす私にとって、20袋もふりかけが入っているのがすごくありがたい。すぐになくならないから焦らないでいい!ふりかけ、すごい!
わくわくした気持ちで明太子味をふりかけた。あつあつのごはんのなかで感じるしょっぱさがびっくりするほど美味しくて、「え、私がふりかけを食べていない間に企業努力が実りまくって旨みが爆発したのか?」と一瞬思うほどだった。シェフを呼んでくれ!という気持ちになった。
それくらい久々にごはんを美味しいと思ったのだ。
*
私はいま、これ以上体調が悪化しないようあれやこれやと努力しているけれども、正直それはマイナスをゼロにするような努力で、「楽しい!」と思えるようなことでは正直全然ない。くわえてその努力は、やればやるだけ積み重なって改善していくような類いのものではないから、くじけそうになる。気持ちが沈んだときには、そもそもの人生のレールが間違っていたのだ、と泣きたくなることもある。
そんな屈折した思いが乱反射しそうな私の体のなかを「大人のふりかけ・明太子味」が突き抜けていった。
そう、私はただ、あつあつのごはんにふりかけをかけて食べることを美味しいと感じたいだけなのだ。その素朴な祈りが叶った瞬間だった。
今度は鮭わかめ味を食べるのが楽しみだ。先に楽しみがあるって、凄いことだな。嬉しいな。