写真家 木之下晃とモノクロの世界
写真家 木之下晃。
主にクラシック音楽の写真家として活躍した、偉大な写真家であり私の師匠。
師匠と言っても、会ったことも話したこともなく、私が勝手に師匠と呼んでいるだけなのですが。
だけど、もし今もご健在であれば間違いなく弟子入りしていました。私が彼のことを知った時、すでに空へ旅立っていたので。なぜこんなに素晴らしい方の存在に、もっと早く気付けなかったのかと自分をとても責めました。
それぐらい木之下晃(以下、晃さんと呼ばせていただきます)は、私の人生を変えてくれた人。
まず、晃さんの凄さは、何と言っても写真から音楽が聴こえてくるところ。演奏中に生み出された音、生きていた音、会場の雰囲気から演奏者まで。その瞬間の音楽と言うものをカメラに収める技術が素晴らしい。彼の作品には「いい写真を撮りたい」と強く思う、ご本人の気持ちも一緒に写っているように感じます。NHKでの特集で、指揮者の佐渡裕さんも番組の中でこう語っています。
と述べるほど。
例えば、こちらの作品。
(私の撮影が下手ですいません)
モノクロ写真なのに、本番中のカラスの写真に音が見えませんか?オフショットには写っていない、明らかな音が私には見えます。
それは、カラー写真でも同じ。
初めて晃さんの作品を見た時の衝撃は今でも忘れられなくて、私がスランプから解放された瞬間でもありました。
私の夢は画家になること。
「年甲斐もなく」なんて言われるのが怖くて、まだ誰にも話せていない夢だけど、ずっと「楽譜みたいな美しい絵が描きたい」と思い続けてひたすら絵を描いてきました。
だけど、結局それがどんな絵なのか分からなくなってしまって。そんな時に晃さんの作品に出会い「凄い!モノクロなのに音楽が聴こえる!まるで楽譜みたい!」と感動したのを昨日のことのように覚えています。以後、とにかく真似から入ろうと少しでも晃さんに近づくため、クラシック音楽の世界に足を踏み入れたことが絵画人生のターニングポイントに。初めて訪れた公演で、何だかよく分からないけど音が目に見える感覚があって。
音が空間に出現してから散ってゆくまでの過程、模様、形、色、とにかく全てが新鮮で美しく、感動したと同時に「あぁ、晃さんはこれを撮っていたんだ」と腑に落ちた自分がいたと言うか…彼の作品に対する答え合わせが少し出来たような気がして、そこから自分の作品への向き合い方も随分変わりました。
今でも、制作に行き詰まると必ず晃さんの作品を見るようにしています。そうすると、必ず写真を通してアドバイスをくれるのです。晃さんの写真からは、まだまだ学ぶことがたくさんあります。
そんな晃さんの作品を見に、初めて茅野市美術館を訪れました。
生憎、撮影は禁止。
皆さんにこの素晴らしさを伝えられないのが残念だけど、やっぱり晃さんは凄かったです。
もう、展示室が音で溢れ返っていました。
今は亡き音楽界のレジェンド達も生きていて。
シャッターチャンスを伺う晃さんがそこにいるかのような、緊張感のある空間でした。
少し小さめの図書館が併設されているのですが、すでに廃盤になっている晃さんの作品集も取り扱っているので、好きなだけ見ることができます。私も、図書館中の作品集を目の前に広げて、1人で黙々と見ていました。
未だに、楽譜のような美しい絵がどう言うものなのか、答えは出せていません。もしかすると、一生かけても分からないかもしれない。
だけど、晃さんの作品に出会ったことで、それが何かを追求し続け、とにかく描き続けるんだと言う、ブレない自分を見つけることができました。
どんなことがあっても、この気持ちだけは大切にしていきたい。
いつか晃さんのような、世界中の音楽家から愛される、立派な音楽画家になれる日を目指して。