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結果が出なくても正しく行動する

眠たくないのにふとんに入るのが苦手だ。
しかし眠たくないからといってふとんに入らないとどんどん夜が更けていくし、眠気を感じていなくても横になれば徐々に眠りに落ちていくパターンもある。

自分の頑固な夜型体質になかば諦めつつ、それでもほんの一筋の希望を捨てきれずに昼型生活へのシフトを試みている。

わたしにとって昼型生活は、昼型への切り替えそのものも維持も茨の道だ。
なんとか1、2週間はキープできても、ある日突然もとに戻る。一定の時間帯にきていた眠気が、急にまたもとの時間帯にしかこなくなる。

学校生活、会社員生活はどのように送っていたのかといえば、やっぱり夜は深い時間にしか眠たくならず、朝は母君に叩き起こしていただいて遅刻ギリギリの毎日であった。
だから大学の授業はできるだけ1限をとるようにしていた。
2限以降では母も仕事に出かけてしまって寝坊フラグが立つためだ。

しかし今となっては起こしてくれる御仁がいない。
夫はわたしからみれば早起きすぎて時間が合わない。

そもそも、早起きしても「ああ早く書かなきゃ。あの記事修正しなきゃ」とどんよりするし、起きられなかったら起きられなかったで「ああ、またこんな時間だよ」とどんよりする。

どっちみち起きることはどんよりすることなのだ。わたしにとっては。
嫌な先輩・上司がいないだけ会社員時代よりはずっと穏やかだけれど。

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日中の散歩がよいと見聞きして、生活に散歩を取り入れているけれどもなかなか夜型体質は改善されない。今以上にふとんに入る時間を遅らせない現状維持がよいところだ。

それでも、起きた瞬間から自分に失望する苦しい毎日を変えようと、もう何十回目、何百回目かわからない「早くふとんに入る」を最近また始めた。

なかなかうまくいかないもので、ふとんに入る時間を1時間早めても、結局眠れない1時間を過ごす。
つまり睡眠時間になんの変化もない。

ところが、目指す時間に起きられないとしても、目が覚めた瞬間のどんより具合がすこし違う。
「昨夜は目標時刻にふとんに入ったのだ。仕方がない」と、少々前向きに諦められるようになった。
まだ数日だからであって、これが2週間3週間と続けばたぶんふてくされてくるだろう。そのときは運動量を増やすとか、別の手立てを考える段階だ。

望む時間に起床できていなければ入眠もできていないので、ここ数日間、わたしは毎日失敗しているといえる。

でも、なにもしないでどんよりと目覚めるよりも、はるかに自責の念も無力感・虚無感も味わわずにすむ。

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つい最近読んだ吉本ばななさんのエッセイに、こんなことが書いてあった。

正しく行動すれば、胸のつかえはなくなる

『おとなになるってどんなこと?』 / 吉本ばなな

わたしの悪あがきともいえる行動は、わたしにとっては正しいものだ。
自分が正しいと思った行動で失敗し、ちょっとうなだれて、潔く負けを認めて「明日こそは」とまた夜を迎える。

だから、なにも努力しなかった日にくらべたら、心のつかえもゼロとはいえないが薄まってはいる。

吉本ばななさんのいう「正しさ」は、周囲が決めるのではなく自分が線を引くものだろう。
周囲が好き勝手に振りかざしている正しさではなく、自分の心が叫んでいる正しさだ。

自分で自分の心を痛めつけることは無意味でかなしい。
人の言動は変えられないが、自分の言動は変えられるのだから。
自分の思う正しい行動をすれば、無意味でかなしい想いをせずにすむ。

今晩もまた眠れないかもしれないけれど、ふとんには早く入ろう。



今日も読んでくれてありがとうございます。
あなたが今している正しいことはなんですか?

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