去りし1月、私は美しい月をみた。
今日は夜について。少し時を戻して1月へ…。
1月の満月は、Wolf Moonというらしい。
「真冬の食糧不足を嘆く飢えた狼の遠吠え」にちなんでいるのだとか。
最初はひたすらに大きく輝いて見えた。それなのに飢えた狼の遠吠えを想像しながら見ると、綺麗に見えていた月が物悲しく見えてくる。
言葉の力、想像の力ってすごい。
輝きの強さ、という点では力強い狼が連想されるのですが…
力強いのに、儚い
そんな二面性を持つ月が好きだ。
そんな月が好きな私は詩のようなものを書いていた。
月がネックレスになったなら。
いつでも私の胸の上で輝いている。
その光は私の歩む道の少し先を照らしてくれる。
その光はいつまでも失われることはない。
ある時は闇に包まれるときもあるかもしれない。
それでもまた光は、自分のところへ戻ってきてくれる。
細くなったり大きくなったりしながら毎日を共に歩んでくれる。
忘れることのない存在。
まだ見ぬ先の道を共に照らしれくれるもの。
輝きを与えてくれるもの。
未来につながる光にすがるような文章。
私はこの詩を書いた時、明るく光る月に導かれたかった。
自分が今どこにいて、どこに向かおうとしているのか、誰に聞いても教えてくれない自分しか知らない答えを求めていた。
なにかにすがりたくなるような気持ちがふと、湧き上がってくる時があります。
また、文章をかく時なにかにすがるような思いでいることがあります。
でも自分がなににすがっているのかわからない。
それなのになぜだかどこか必死で、心を燃やしているような気持になる。
心を燃やしながら字を連ねているうちに、自分が見えてくるときがあります。
明るく光る月のペンダントが照らしてくれるのは自分が進むことを決めた方向だけなのです。
そして自分の進む方向を決めるのは自分自身でしかないのです。
いつまで続くのか分からない人生という道を歩んでいると、時々、自分の歩んでいる道が正しいのか、迷子のような気持になることがあります。
それでも自分の選んだ道がどのような道であっても、それが正解だと思える人になりたい。
そんな風に考える、月の輝く晩です。