第175回:植物がもっと愛おしくなる物語(久生夕貴:『拝啓、桜守の君へ。』)
こんにちは、あみのです!
今回の本は、久生夕貴さんのライト文芸作品『拝啓、桜守の君へ。』(富士見L文庫)です。桜が好きなので、美しいカバーイラストからどのような物語が展開するのかとても気になり読んでみました。
現代ファンタジーのジャンルとなる今作ですが、「植物」が大きなテーマとなっていて作品ならではの個性もある1冊です。読むと身近な植物がもっと愛おしく感じられます!
あらすじ
感想
植物に宿る「精霊」たちは、姿や性格は違いますが、街の人々の生活を見守り、幸せを願う気持ちはみんな同じです。今作は精霊が視える主人公・咲と、楠をはじめとする精霊との絆の物語となっていました。
いつも犬と一緒にいる少女の近況が気になる白木蓮の精霊、かつて精霊が視えていた男性と槐の精霊の約束、金木犀の精霊・桂花ちゃんの恋の行方などなど、街のあちこちの精霊の悩みを咲は楠と、時には身近な人とも協力して解決します。
ただ単にハートフルなストーリーなだけでなく、ミステリー的な仕掛けがたまにあったり植物に関する知識が学べたりと、内容もとても充実していました。
今作を読んでいて凄く気になったのが、精霊は親となる植物のもとから離れない(例えば公園の植物であれば公園にずっといる)のに、楠だけ咲にべったりしているような描写が多かった点です。どうしてなのかなと疑問に思っていましたが、この疑問は終盤の展開やタイトルの意味に繋がっていました。
今作は人々と精霊の絆の物語ではありましたが、その中でも象徴的だったのが咲の曾祖母と「千歳桜」の精霊とのエピソードだったと思います。物語の佳境では体調不良となってしまった曾祖母を通して、曾祖母が精霊を視ることができなくなってしまった理由が明かされます。そしてそれは、咲と楠の別れでもありました。
曾祖母がずっと会いたいと願っていた「千歳さま」との再会。そして曾祖母を救うために命を散らす千歳桜。そこには今作最大の優しさと感動がありました。最後まで読むと、タイトルに隠されたメッセージが心に沁みる作品だと思います。
お兄ちゃんのような存在だった楠の姿は咲にはもう視えません。だけど咲には視えないとしても、楠はいつまでもそばで彼女を見守っていると思います。また咲には、精霊たちを通して広がった人脈もあります。特に槐の件で出会い、その後も良き相談役となった西橋さんとは幸せになってほしいです。
エピソードとしては1冊でまとまっていたと思いますが、咲は完全に精霊が視えなくなったわけではないため、シリーズ前提にしているような終わり方にも感じました。
もし続編が出るのであればどんなストーリーになるのか想像しにくいですが、もっといろんな植物の精霊たちに出会えたらそれはそれで面白そうですね。