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短文バトル

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#エッセイ

想いは伝えなければ、肉体と共に消えるだけ。

想いは伝えなければ、肉体と共に消えるだけ。

余命が残り少ないと知っている人間は大切な人へ手紙を残す。

その人亡きあと、残された人はそのメッセージを胸に抱いて人生を歩んでいく。

映画でも小説でもよくあるシチュエーション。

当然、私も手紙をもらえるのだと思っていた。

その手紙には、私が知らない秘密、後悔、愛のメッセージが書かれているはずだった。

20年近く経った今でも、私はまだその手紙を受け取っていない。

希望と憤りが混ざって澱とな

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すべてが真っ白な部屋の隙間で。

すべてが真っ白な部屋の隙間で。

心臓のあたりがとても重たい。

指先まで凍るように冷たい体。

頭にはきっと酸素がうまく行き渡っていない。

夕陽が皮膚を通したピンクと黒でチカチカする。

イヤホンから流れる好きだったはずの音楽さえ、今は私の心を揺さぶらない。

サブウェイが最寄りの駅に着く前から、鍵は握りしめていた。

すべてが真っ白な部屋に辿り着き、鍵を閉める。

壁とベッドフレームの隙間にカラダを入れ込む。

カラダが圧迫

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ただ待つことはできない。

ただ待つことはできない。

「ごめん!仕事で遅くなる!」

もうあと数分で会えると思っていた相手からLINEが届く。

これでもう何度目になるんだろう?

そうなるかもしれないとわかってはいた。

私はボーッとスマホの画面を眺める。

視界の端に待ち合わせに成功した人たちが映る。

新宿駅東口の改札を背に歩み始め、数十秒と経たないうちにお店へ入る。

「白穂乃香1つ」

「もう取り扱ってないんです」

長いこと来ていなかった

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名前も知らなかった紙。

名前も知らなかった紙。

19字詰め10 行のコピーされた洋罫紙。

マス目の上に、向かい合う龍の頭。

その間に篆書体で書かれた4文字。

「山」と「石」しかわからなかった。

その名前も知らない、美しくデザインされた紙は課題の為に毎週配られた。

その紙に向かうとき、こちらもその紙に見合うものを書きたくなった。

4年前ある「先生」の没後100年に、その原稿用紙が生まれた経緯と書かれていた文字を知った。

私はその「先

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同じことばを話さない友達のこと。

同じことばを話さない友達のこと。

昇降口をくぐり、うわばきに履き替える。

中庭へ続く扉へ向かい、その前にいるオウムにあいさつを。

外に出てすぐの場所にいるフェレットの頭を撫でる。

目の前には人工池、そのすぐ隣はグリーンハウスの骨組みでできた飼育小屋。

鶏やウサギ、クジャクの夫婦を横目でみて、低学年の校舎向かう。

渡り廊下を利用しなければいけないが、こっそり中庭を通った。

高学年になったら「愛育委員」になるんだ。

なに

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コレクションとは、箱に収めたい願望からはじまる。

コレクションとは、箱に収めたい願望からはじまる。

弟や従兄弟たちと一緒にミニ四駆で遊んでいた。

ミニ四駆とはタミヤが発売するレーシングトイである。

私たちは別売のパーツを使い、車体を変形させてマシンを改造し、レースを楽しんだ。

しかし私が1番好きだったことはツールボックスを持つことであった。

それは、マシン、パーツ、道具を持ち運ぶための取手のついた箱だ。

蓋を開けるとトレーが2段に広がる。

その箱を開け中に収まったものを眺めることは、

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イルカは片目を閉じて夢をみるか?

イルカは片目を閉じて夢をみるか?

イルカは片目を閉じて寝る。

「半休睡眠」という、左右の脳を交互に休ませる睡眠法だ。

その時休んでいる脳の反対側の目は閉じている。

半分づつ寝るとはどんな心地なのだろう?

人間に生まれた私にはわからない。

徹夜をする度に、今だけでいいからイルカになりたいと思う。

そう願って片目を閉じてみると、もう片方の目まで閉じてきてしまう。

全然ダメだ、イルカにはなれない。

空が白みだした頃、すべ

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歩くことでみつけた、母と私の発見。

歩くことでみつけた、母と私の発見。

「こんなに歩く生活、お父さんが生きていた頃はまったく想像できなかった」

そう母が言ったのは、犬の散歩の帰り道、細い路地を曲がったときのことだった。

「わー、お嬢発言でたよ」と茶化した。

私は、母の言葉だけを頭の中で反芻しながら、左右に揺れる短いしっぽを眺めた。

私は、母と一緒に歩いた記憶がほとんどない。

母と出かける時は、いつも車だった。

車を運転する母は、前しか見ない。ただ、ひたすら

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