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柳澤亜美
2020年4月20日 11:57
余命が残り少ないと知っている人間は大切な人へ手紙を残す。その人亡きあと、残された人はそのメッセージを胸に抱いて人生を歩んでいく。映画でも小説でもよくあるシチュエーション。当然、私も手紙をもらえるのだと思っていた。その手紙には、私が知らない秘密、後悔、愛のメッセージが書かれているはずだった。20年近く経った今でも、私はまだその手紙を受け取っていない。希望と憤りが混ざって澱とな
2020年4月10日 17:13
心臓のあたりがとても重たい。指先まで凍るように冷たい体。頭にはきっと酸素がうまく行き渡っていない。夕陽が皮膚を通したピンクと黒でチカチカする。イヤホンから流れる好きだったはずの音楽さえ、今は私の心を揺さぶらない。サブウェイが最寄りの駅に着く前から、鍵は握りしめていた。すべてが真っ白な部屋に辿り着き、鍵を閉める。壁とベッドフレームの隙間にカラダを入れ込む。カラダが圧迫
2020年4月3日 01:24
「ごめん!仕事で遅くなる!」もうあと数分で会えると思っていた相手からLINEが届く。これでもう何度目になるんだろう?そうなるかもしれないとわかってはいた。私はボーッとスマホの画面を眺める。視界の端に待ち合わせに成功した人たちが映る。新宿駅東口の改札を背に歩み始め、数十秒と経たないうちにお店へ入る。「白穂乃香1つ」「もう取り扱ってないんです」長いこと来ていなかった
2020年3月20日 22:33
19字詰め10 行のコピーされた洋罫紙。マス目の上に、向かい合う龍の頭。その間に篆書体で書かれた4文字。「山」と「石」しかわからなかった。その名前も知らない、美しくデザインされた紙は課題の為に毎週配られた。その紙に向かうとき、こちらもその紙に見合うものを書きたくなった。4年前ある「先生」の没後100年に、その原稿用紙が生まれた経緯と書かれていた文字を知った。私はその「先
2020年3月11日 01:41
昇降口をくぐり、うわばきに履き替える。中庭へ続く扉へ向かい、その前にいるオウムにあいさつを。外に出てすぐの場所にいるフェレットの頭を撫でる。目の前には人工池、そのすぐ隣はグリーンハウスの骨組みでできた飼育小屋。鶏やウサギ、クジャクの夫婦を横目でみて、低学年の校舎向かう。渡り廊下を利用しなければいけないが、こっそり中庭を通った。高学年になったら「愛育委員」になるんだ。なに
2020年3月2日 23:03
弟や従兄弟たちと一緒にミニ四駆で遊んでいた。ミニ四駆とはタミヤが発売するレーシングトイである。私たちは別売のパーツを使い、車体を変形させてマシンを改造し、レースを楽しんだ。しかし私が1番好きだったことはツールボックスを持つことであった。それは、マシン、パーツ、道具を持ち運ぶための取手のついた箱だ。蓋を開けるとトレーが2段に広がる。その箱を開け中に収まったものを眺めることは、
2020年2月21日 00:42
イルカは片目を閉じて寝る。「半休睡眠」という、左右の脳を交互に休ませる睡眠法だ。その時休んでいる脳の反対側の目は閉じている。半分づつ寝るとはどんな心地なのだろう?人間に生まれた私にはわからない。徹夜をする度に、今だけでいいからイルカになりたいと思う。そう願って片目を閉じてみると、もう片方の目まで閉じてきてしまう。全然ダメだ、イルカにはなれない。空が白みだした頃、すべ
2020年1月20日 14:42
「こんなに歩く生活、お父さんが生きていた頃はまったく想像できなかった」そう母が言ったのは、犬の散歩の帰り道、細い路地を曲がったときのことだった。「わー、お嬢発言でたよ」と茶化した。私は、母の言葉だけを頭の中で反芻しながら、左右に揺れる短いしっぽを眺めた。私は、母と一緒に歩いた記憶がほとんどない。母と出かける時は、いつも車だった。車を運転する母は、前しか見ない。ただ、ひたすら