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短い刺激と感動

10年前、渋谷での出会い


 今から10年ほど前、スクランブル交差点を見下ろすことができる日本食レストランで、中国人女性と会食をした。彼女は日本国内でインバウンド……特に中国人富裕層をターゲットにした旅行業のコンサルタントだった。料理を待つ間、彼女はスマートフォンを取り出し、ぼくに見せてきた。

「これ、知っていますか?」

 画面には、若い女性二人が簡単なダンスステップを踏む動画が映し出されていた。ぼくは首を振る。
「短い動画を投稿するサイトです」と彼女は言いながら、人差し指で画面をスライドし、次々と動画を切り替えて見せた。ほんの数秒で楽しめる内容ばかりで、興味のないものは指一本で瞬時に消せる仕組みだ。
 SNSに詳しくないぼくでも、このアプリが流行るだろうと確信した。これまでITを駆使したエンターテインメント分野で、中国が日本を大きくリードしている現状を何度も見せつけられてきたから。

スマートフォンひとつでの成功


 その一か月ほど前、芸能事務所を辞めた中国籍のアイドルと仕事をした。彼女は自ら会社を立ち上げ、スマートフォンひとつで大金を稼いでいた。WeiboやWeChatなどのアプリを駆使して、東京観光を満喫する自分の姿を配信。浴衣姿で人形焼を頬張りながら、リアルタイムで寄せられるコメントに応答する様子を数百万人ものファンが画面越しに見守っているのを思い出した。
 レストランで見せてもらったそのアプリは、現在「TikTok」として世界中に広まっている。ぼく自身は使ったことがないが、新入社員たちの多くは休み時間や移動中に夢中で眺めている。

新しい感性、変わる価値観


 次々と切り替えられる短い動画ーー興味と好奇心が刺激される仕組みだが、これに疲れはしないのだろうか。ドーパミンを大量に分泌させ、刺激的な情報を次々と押し込まれる感覚。こうした状況に警鐘を鳴らす人もいるが、もはや後戻りはできないだろう。
 そんな娯楽に慣れた新入社員たちと話していると、仕事においてもどこか短期的な結論を求めているように感じることがある。少しの努力で早く結果を得たい、コストパフォーマンスを重視する――それが彼らの特徴だ。しかし、それを「けしからん」と嘆くつもりはない。むしろ、これからの社会ではそうした考え方が必要とされる場面も増えるかもしれない。
 ただ、今年42歳になるぼくがこれまでに体験してきたような「じっくり向き合って得られる感動」に、彼らが触れる機会は少ないのではないかと感じることもある。

長い感動と短い刺激


 黒澤明やクリストファー・ノーラン監督の映画、ドストエフスキーや夏目漱石の晩年小説、蜷川幸雄が演出した舞台『コースト・オブ・ユートピア』――こうした名作は総じて長い。それらと根気強く向き合うことで得られる深い感動。短い動画に慣れた人々には、こうした体験が少なくなってしまうような気がする。
 そんなことを考えていると自分がいつの間にか「若者」と呼ばれる層から外れていることに気づく。もともと流行には疎いほうだったが、これから年を重ねるにつれ、さらに世間とのズレが広がっていく。スマートフォンから発せられる短絡的な刺激で満ちた世界を残念に想う気持ちはないし、そんなことを憂いてもしょうがないんだけどね。


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アメミヤ
リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。

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