恐怖心からの脱却
奈良市にある本屋「ほんの入り口」さんのイベントがきっかけで知った、奈良の東吉野村にある
人文系私設図書館Lucha Libroさん。
素敵なご夫婦が運営されていて、是非一度行ってみたいところです。
そんなお二人に惹かれ、お二人がされている「オムライスラヂオ」も聴くように。
それをきっかけに、ある私の恐怖心が少し救われました。
備忘録も兼ねて、記しておきます。
私は、政治に関心がある。けれど政治が怖い。
「一人でも多くの人が安心して笑って暮らせる世の中にするには、どうすれば良いのか。私に何ができるのか。なにより、私自身がそうやって暮らしたい。」常にそういう思いがあり、そういうことを考えると、必然的に政治のことを考えることとなる。
けれど私は、小さい頃から見聞きしてきた「政治」に関わる現象が「力」や「たたかい」、「暴力」というイメージが強くあって、それが何やら怖いものという観念が頭にへばりついてしまい、自ら政治的な発言をすることを恐れ、発言してしまったら激しく後悔していた。
みんなが幸せであってほしい。
私も幸せでありたい。
ただそれを願うことになんの罪もないはずなのに、その思いを現実的に考えるためにいざ「政治」という枠を通して言葉にすると、「政党」「思想」という、今の社会ではある意味でタブー視されているようにも思えるものに触れてしまったような、あるいは、変なことを言えば批判、炎上、弾圧されてしまうのではないかという恐怖心にかられる。
もちろん本来政治というものは、大切な人の、自分自身の幸せを現実にするためにあるもので、決して怖いものではないはずなのだけれど。
でもオムラヂを聴いていて、
楽しく生きたい
安心して生きたい
家族や友達が元気で笑っていてほしい
そういう思いは誰だって持っているだろうし、
そのために、
専門知識も難しい言葉も知らなくても、
「野菜が高い」とか
「医療費が高くて苦しい」とか
「こどもに学費の心配なく進路を選ばせてあげたい」とか
「働けないから生活費が苦しい」とか
「誰も死なせたくない」とか
そういう思いはちゃんと伝えていけばいいし、
その思いを、「力」とか「たたかい」とか「暴力」じゃない柔らかい言葉で、政治に繋げていけば良いんだと、そんな答えに辿り着きました。
同世代のお二人の存在に、仰っている言葉に、今とても救われました。
一人でも多くの人が安心して笑って暮らせますように。そして私も。
そのために、できることからコツコツと。