波の間のダンサー
@@@雨音への想い@@@隆志への助言@@@
暗くて少しせまい空間で寝そべりながら、隆志は目を回しながら呟いた。 「誰かもそんなこと言ってたな。」 大都市の摩天楼に灯された光は、縛られた身体を強引に振りほどこうとする自分の動きで周っていることに気付く。流れる星の光波(ひかり)は、摩天楼のそれとは違うことが、彼にはハッキリと理解できた。目を閉じても眩しかった。 人工の光など、自然が創り上げる光に比べれば、何と醜い輝きなのだろう。「あの時」、あの浜辺で、彼の脳の中枢から理性が飛び、燃えさかる本能が溢れ出たとき、現代の不
冬の富士の眺めの中で 穏やかな気持ちになったら この本の言葉たちを 覗いてみてください。 孤島からの投瓶通信 あなたの心の陸地に届くと信じています
始発駅から夢見心地。気づくと人が入れ替わり、気づくと周りに人がいませんでした。眠っている自分と、起きている自分。大人になるにつれ、どちらが本当なのか分かり始めてきました。そこから、旅が始まりました。 どんなに明るい場所であっても、そこがいくつもの鏡張りの空間であるなら、進む速度を緩め、なおかつ手を前にして進まなければ危険だと知りました。必ず丸い月を見ていなければならないという固執が、焦りを生みました。誰かからの便りを待ち望んでいました。自分の存在を確かめたかったのでしょう。
揺れる車に寝そべりながら、隆志の頭の中はグルグル廻っていた。 筒状の物体が分裂し、一気に増加する。頭がパンクする寸前で、筒の中から出てきた球体の紋章が、散らかったそれを綺麗な一列に配置する。やがて、いろいろなマークが様々な形を作りながら、一つの方向へと進んでいった。確実なことといえば、全てはモノトーンということだけだった。 「私が居なくても、音はいつでも聞こえるよ。波も同じように割れるの。風も流れてるから。だけどね、私のことは忘れないでください。」 無機質なビルの光が、
背中から抱きしめたら、驚かせてしまう。それに、背中だけを見つめていれば、泣いても驚かせない。ただ、隆志が悲しんでいる時に少しだけ嬉しくなる想いは、雨音の最大限の愛情であり、隆志が喜んでいる横でほほ笑みながら、少しだけ悔しくなる思いは、隆志へ対する雨音の強い嫉妬でしかなかった。 雨音と海に辿り着いた。遠い遠い道程だった。 潮の満ち引きが2人の距離を縮める。水平線は輝きを増し、雲のように柔らかい砂に足が埋まってゆく。涙雨でぼやけた風が、身体を軽く包む。しとしとと雨の音がささや
どうしても納得がいかない、理不尽なアクシデントが、隆志に起こってしまった。過去に勤めていた会社の教え子に、自分の個人情報が、漏れていたのだ。電話番号ばかりではなく、住所までもリークされていた。自分の履歴書を見ている勤務先の同僚が漏らしたことは、間違いない。しかしながら、企業は、そんなことは事実無根であり、第三者機関で争うのも辞さないと主張している。多勢に無勢。自宅の玄関の扉をあけて、昔の教え子が立っていないかを心配する日々が続いた。 こんな状態であれ、認知を変えて対処できる
幼い頃の隆志の文集に書いてあった1行に、みんなに笑われるようになりたい、と記されていた。年を重ねるたびに、ピエロが綱渡りをして、揺れ落ちそうになったところで皆なが笑っているのは、ピエロが悪ふざけをしているのを予め分かっているからだと知った。 そんな隆志は、若い教え子から、どんな些細な悩みを打ち明けられた時にでも、助言のカードを引き出しにしまって、自分の存在を消すことに集中した。笑うことを極度に恐れ始めたのも、この頃からだった。笑わずに人の話を聞くことが、どれほど緊張する事か
若い人たちに絵を描くことや、彫刻の創り方などを教える立場にあった隆志は、幼子の傷をさすりながら、羽根がはえると教え、悟られぬように泣きじゃくり、腫れあがった両目を押さえている若者には、うしろを見ながら歩けないことを教えた。手に取れないぬくもりは、透きとおり、若い心の傷跡を癒し、染み渡ると信じていた。 音楽のリーダーである指揮者であっても、曲の中にある空間を捉え、雲を掴むように動き、リズムの中を漂っている風を立体的に読み、雨の流れに浸透するような音を、観客に魅せる。振り抜く強
まぶたの裏の模様を描くように、奥行きを創造する流れに沿った曲線を描きたかった。その絵の具に手を伸ばし、触れることなく肌にのせたかった。その方法ばかりを考えていた時期があった。 若い人たちに絵を描くことを教える立場にあった隆志は、教え子に描くという技術を教える。しかしながら、それが上の空になってしまうほど、考えるにつれて途方もなく暗闇に転がり込む、触れずに肌で感じとるという到達点は、どこにあるのかということを考えあぐねていた。 一流と二流の差は、判断する速さなのか。深さなの
隆志は、顔に大きな傷跡を負う前、数人の同級生たちから、ひどいイジメを受けていた。ただただ、そのイジメに対する恐怖と、誰にも打ち明けられない苦しみを抱えながら、毎日学校へ通うという、地獄のような日々が続いていた。やはり、当時から、その場を穏便に切り抜けることばかりを考え、立ち向かうことを避けていた。 灼熱の玉を受け取れなかった自分を憎むことなく、そんなカタマリを投げつけた相手に怒りたかった。でも、その場を乗り切るために、相手を怒らせないために必要なことは、燃え盛る火の玉の影を
先日受け取った、隆志にとって、一番大切な雨音に返事を書いた。彼女への想いを再確認することで、物事に対する良し悪しの視点は明確になり、繭の中に大切にしまってある、自分の心の重心も、安定させられるはず。雨音と経験した、「あの時」を、絶対に無駄にしたくはなかった。もし、この手紙の返事を書いて、自分の心に、雨音に対する想いが消えるような矛盾が生じるのなら、自分自身が泡となって、深海に沈まなければならないと決意していた。隆志は、降伏したくなかった。 隆志は、誰かに激しい怒りを感じたと
暗闇に怯えながら帰宅する途中、くしゃくしゃに踏まれたブーケがあった。気づかれぬままでヨレヨレになり、言葉を持たずに横たわっている物の本心を知る術はない。雑踏のなかで目に止まった、そんな光景を、冷静に見られる隆志がいた。冴えない喫茶店から外に出る瞬間に包まれる、ふっと軽くなる身体の爽快感と共に。 二つしかないはずの道に、言葉だけが迷い込んでいく。真ん中に灰色の道があったのか。機関銃で撃ち抜いてでも、必死に守りたかった何かがあったのか。その対象は、他ならぬ自分自身だったのかもし
雨が降り始めた。裏路地にあった昔ながらのたたずまいのBar。傘を閉じて、試しに入ってみれば、一見さんお断りの雰囲気。店に入ったときの縄張りに入ってしまったような乾燥した空気とともにドアを開く。そういえば、あの金網越しの護送車の終着点は、内側から鍵が開かない場所だった。この店を出る時は、どんな気持ちになるのだろう。 冴えない常連だらけの輪の中に入れない。凍った空気の中にいる自分。テーブルに映る影。いたたまれない場所だ。ただ、あのバスに揺られ、あの場所へぶち込まれた事に比べれば
笑うことを酷く嫌う。笑いが起こる所には、必ず誰かの犠牲がある。ややもすると、自虐で存在をアピールし、自分への注目を乞うだけだと。正反対には、微笑みがある。ほほ笑むことだけに専念する。ほほ笑みは、相手を征服したことだと決め込んでいた。 性に関して多感になる歳頃、隆志は、ふとした事故から、致命傷を負った。怪我からは回復するも、顔面の傷跡だけは消えることはなかった。思春期の彼には、心にも大きな傷となって遺ってしまった。どんな名医にかかれど、この傷は、現代の医療では修復不可能で、こ