いいじゃん、夏なんだから
5年ぶりにあなたを見た
新しくできたスーパーの中で。
私たちは同じ市内に住んでいたけど、地区が違うのでこれまで偶然ばったり、会うことはなかった。
相変わらず、そのまま海に飛び込めそうなくたっとしたハーフパンツにTシャツ、サーフィンにはまだ行っているのだろう黒糖みたいな肌。そして、あの頃からすこし出た下腹。
隣には色白の顎でそろえた茶色のボブ、細いボーダーのTシャツに淡い水色のデニム、そしてお腹には、まるまるとした子ども。
芹澤さんに彼女がいることは知っていた、彼は初めから私にそう言ったのだ
俺は婚約者がいるから、亜美とそういう関係にはなれないと。
自分から誘っておいて入ったホテルの一室で。
5年前の夏、私たちは毎日のように会っていた。昼も夜も関係なく、お互いの時間があれば、15分でも、丸1日でも。
そのまま私の部屋やホテルにこもることもあれば、ドライブしたり、お酒を飲んだり、カラオケに行ったりもした。
この人はどこでその彼女様と会っているのだろうと不信に思ったほど。
3ヶ月半、そんな生活が続き、いきなり連絡が取れなくなった
私は友人と京都に旅行に行っていた。京都に着いた瞬間に見える昼間のぼんやりと平和的な京都タワーの写真を送っていた。それが最後。私の送った京都タワーの写真には既読がつかなかった。なんてあっけない終わり方。
彼は花農家だった。育てている花は、秋から冬にかけて咲く花で、夏の間は働かなくてもいいと言っていた。彼は大人なのに1ヶ月ほどの長い夏休みがある人で、『いいじゃん夏なんだから』と昔流行ったドラマのセリフをよく口にしていた。私たちの関係を、表す言葉のようだった。いいじゃん、夏なんだから。
一度、夜の海にドライブに行った時、わたしたちは着衣のまま海に飛び込んだ。
茅ヶ崎の灰色の海は、夜は灰色こそ見えないが、真っ暗でちょっと不気味だった。
水を含んだ布は重たく、肌にくっつくそれはとても気持ちが悪かった。夜の暗い海は深く恐ろしく、彼だけが頼りだった
彼の広い肩に掴まって、波を感じていた
濡れたTシャツを車に結んで走ってサマーヌードみたいだねと笑った
身体は塩のにおいがして、髪の毛はきしきししていて化粧は取れてたけどなんだか心地が良かった
このままずっと一緒にいたいと思った。
5年ぶりに会った芹澤さんはもちろんあの頃より老けていたけど、変わらず私の好きだった芹澤さんだった。
隣の女の人の真ん中で大事そうにされてるまるまるした子供がなにか声を発していて、私は気づかれぬように隣の陳列棚に移動した。
わたしはスーパーできゅうりと胡麻を買って帰った。
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