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青虫から蝶へ ー 自己変容の神秘
青虫がさなぎとなり、美しい蝶へと変わる姿は、自然界で最も神秘的で感動的な現象の一つです。この驚異的なプロセスを人間が成長していく姿と重ね合わせてみたいと思います。
蝶は卵から幼虫(青虫)となり、さなぎの期間を経て成虫(蝶)となります。私たち人類の多くは、「青虫」のまま日々を過ごしているように感じることがあります。日本語の「青二才」や「まだ青い」という表現が示すように「青」は未熟さや成長途中を意味します。私は、幼虫が青虫と呼ばれるのも、同じ由来からではという気がします。
青虫の期間は、「フラットランダー」に似ています。エドウィン・アボットの小説『フラットランド』に登場する、二次元世界に生きる住人”フラットランダー”は、三次元の存在(高さのある世界)を理解できません。彼らは平面しか知らず、高みの概念を持たないのです。同様に、青虫も平面を這うことしかできず、空の広がりや上下といった次元を認識できません。
イマジナルディスク
青虫は十分成長すると、食べるのを止めさなぎになります。この過程は蝶の完全変態の中での要です。外から見ると静止しているように見えますが、とんでもない。その内側ではとてつもない変化が進行しています。体の組織は溶けてスープのように分解され、新たな器官が再構成されていきます。ここで特筆すべきは、イマジナルディスクの存在です。
イマジナルディスク(個々の細胞はイマジナルセル)とは、高度に組織化された細胞群のことで、さなぎ化すると活性化します。そして成長を始め徐々に蝶の翅や触覚、目などを形成していきます。これは全ての可能性は既に自分の中に備わっていることを象徴しています。
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さなぎの期間中、青虫は完全に孤立します。そこでは過去の青虫とこれから生まれる蝶が同じ空間で対峙し、そして融合していきます。混乱と秩序が入り交じり、膨大なエネルギーが渦巻きながら、生まれ変わる準備が整えられていきます。必要な時間を経て、完全に変態を遂げると内側から微かな光を放ち始めます。その輝きが現れると間もなく、さなぎは割れ蝶がゆっくりと姿を現します。
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かつては畑で葉っぱをかじり、害虫扱いされていた青虫が、今や優雅に空中を舞い、その美しさで人々を魅了します。
静寂の中で目覚める新たな自分
この変態プロセスを私たち人間に当てはめてみましょう。人生には誰にでも苦悩や困難な時期が訪れます。辛く悲しい経験に混乱し嘆き、どうしたらいいかわからなくなることもあるでしょう。それはまるで、フラットランダーが平面の世界で生きているような状態かもしれません。しかし、次元を上昇させて立ち上がると、新たな視点が得られそこから見える景色は全く違います。
蝶の変態プロセスが示すように、一人の時間は内なる変容を遂げるために必要不可欠な期間です。大きな苦しみの中にいる時、自分の殻に閉じこもり、外界との接触を断ちたくなることがあります。それはさなぎの期間を過ごしている状態と似ていると思います。外の喧騒から離れ、一人自分と向き合う時間を持つことで、成長するのだということを、蝶は教えてくれます。他人の意見に惑わされず、心静かに自己の意識の奥深くへと入り込むことができてはじめて、私たちの中に眠る「イマジナルディスク」が活性化するのかもしれません。一人でいる時間は、自己探求の自由を与えられる希少な機会でもあります。それは、その後で待ち受ける心豊かで開かれた世界へ進むための鍵となるでしょう
我逢我
蝶になるためには、青虫時代の常識や概念を勇気を持って破壊し、自己を再構築する必要があります。さなぎの期間中、青虫はもはや青虫ではなくなります。今までの自分を解き放ち、新たな存在へと昇華します。これは人間にとってはエゴや執着、過去を手放し、自己を飛躍的に成長させるプロセスに他なりません。蝶は青虫とは全く違う姿ですが、変容とは別の人になることではなく、真我と出逢うことだと思います。
別世界
青虫から蝶へと変容を遂げた後は、生き方も全く異なります。蝶は自由に飛んでいるようで、実は自然の循環に貢献する重要な役割を果たしています。花々から蜜を集め、受粉を助け、次世代への命を繋ぐ大切な存在です。蝶と花はお互いに不可欠な存在として共生し、調和した全体の一部となります。蝶は蝶だけでは存在せず、花もまた花だけでは存在し得ないのです。
さなぎになる前と後の驚異的な変容は、私たち人間にも、自分を全く新しく作り変える可能性があると、希望を与えてくれます。辛く苦しい時期を、深い内観とそれに続く昇華で乗り越えた暁には、自己変容を遂げた新たな自分が待っています。それはまさにパラダイムシフト―これまでの考え方や価値観が根底から覆される大転換―であり、世界の見え方が劇的に変わる瞬間でしょう。
蝶が花とつながって循環するように、私たちもまた社会や他者とのつながりを通じて、美しい世界を築く力が備わっているはずです。自己の成長は決して一人で完結するものではなく、周囲とのつながりの中でこそ真の価値を発揮するのです。
私たち一人一人が内に眠る力に目覚めるとき、その新たな自分は蝶のように自由で軽やかに羽ばたくことができるでしょう。