生きるのってどうしたら面白くなるんだろう?―傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった / 小野美由紀
こんにちは。
青井あるこです。
「なんか、人生に飽きちゃったんだよね」
最近、友だちとちょっと深い話をするとすぐに私の口から出てくるのがこの一言だ。それを聞いて苦笑いをする人もいれば、「わかるー」と同意してくれる人もいる。
そんななかで、小野美由紀さんの「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」というエッセイと出会い、どうしたらタイトルのように「生きるのが面白く」なるのだろうと、自分自身と向き合いながら読んだ。
・就活の失敗
この本を見つけたとき、「メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」というタイトルに、猛烈に興味をそそられた。
何故なら私も、順番は前後しているのだが、「就活をして」「失敗して」「メンヘラ」になった経験があるからである。そして私はまだ「生きるのが面白くなった」と感じられるところまでは到達していない。だからもしかしたらこの本のなかに、私が今後生きていくうえで参考になるようなヒントがあるのではないかと、縋る気持ちもありつつ手に取った。
著者のことを知るきっかけとなったのは、SFマガジンに掲載されていた「ピュア」という小説だったので、彼女のことは小説家だと思っていた。それくらい小野さんのことを知らない状態で手に取り、同じ「就活に失敗したメンヘラ」としての仲間意識のようなものを持って読み始めたのだが、そこで衝撃が走る。
なんと彼女は、「有名私立大学出身」「帰国子女」「TOEIC950点」「有名企業でのインターン経験有」…などなど、高スペック女子だったのだ。パソコンに「ぽかーん」と打って変換すると出てくる顔文字。正にそんな顔をしてしまったような気がする。
いやいや、待ってくれ、と。それだけ就活に有利な条件を身に付けておいて、それで失敗するはずないでしょ、と。もしくはハイスペックすぎるが故に、志望する会社を絞り過ぎて失敗してしまったんでしょ、と。
彼女は第一志望の会社の最終面接へ向かうエスカレーターに突然乗れなくなり、そこからパニック発作を患って就活自体を続けられなくなってしまう。ただ凄いところは、家に引き籠る日々が続く中で、このままじゃいけないと思って「カミーノ・デ・サンティアゴ」というスペイン版お遍路に出かけるのである。
「カミーノ・デ・サンティアゴ」はフランス南部からスペイン北西部まで、約850km続くキリスト教の巡礼路をひたすら歩くというものである。(もともとスペイン語圏の勉強をしていてこの道のことを知っていたことも、この本に惹かれた理由かもしれない。)
著者は長い巡礼路を歩き、他の巡礼者たちとの出会いの中で様々なことに気づき、学んでいく。
再び個人的な話に戻るのだが、私も就活に失敗している。ただ私の場合は、就活をして内定を取った企業で働いたものの、そこが凄まじく自分には合わなくて一年も経たないうちに辞めてしまったというタイプの失敗だ。しかもそのあとも二度転職している。結局、大学を卒業してから現在に至るまでに三社で働いたことがあり、今が一番安定しているし、マシな環境に身を置いていると思うけれど、決して現状に満足しているとは言い切れない。
その満足できない理由が、自分でも分かりそうで分からなかったのだ。
職場は優しい人が多くて不出来な私を許容してくれる。休みだって申請すれば取れる。残業もほとんどない。恵まれていると素直に思うし、今までが酷かった分、感謝の気持ちも大きい。
だけど満足できない。仕事が楽しくないと言ってしまえばそれまでだが、私はもともと「仕事だから仕方ない」という考え方をするタイプだった。仕事だから楽しくなくてもしょうがない、楽しいことは仕事の他に探せばいい、と思っていたから、そこに強い不満はないはずなのにも関わらず。
今の職場で働き始めて二年が経ち、なんとなく今後のことを考え始めたとき、「仕事として」やりたいことが見つからなくて不安になった。今の仕事をずっと続けたいか、と問いかけると迷いながらも首を横に振る自分がいる。
仕事も含めた自分の人生に、飽きてしまっていた。
だからとにかく、どうやったら「生きるのが面白く」なるのか教えてほしかった。
著者の就活のエピソードを読みながら、数年前の自分を振り返る。
彼女は就活に於いては自分に自信があったそうだが、私にはまるで無かった。外国語も中途半端にしかできないし、コミュニケーション能力も無かった。
就活も嫌々やっていた。リクルートスーツを着るのも足に馴染まないパンプスを履くのも嫌だったし、説明会は胡散臭いしグループディスカッションなどで出会う他の学生たちと慣れ合うこともなんだか気持ち悪かった。
そういうことを思っていると大抵、「そうやって斜に構えているやつほど就活に失敗するのだ」とかって言われた。実際そうだったし、否定はしないけれど。
でもこの本を読んで思ったことは、私は自身の就活に対して猛烈な違和感を覚えていたのに、気づかないふりをしていたということだ。どうにかしようとか、どうしてこんなに嫌なんだろうとかは、一切考えなかった。とにかく内定をもらって就活を終わらせることに必死で。
著者と同じで私も「何がしたい」という希望が一切無かったな、と今になって気がついた。
いや、あったのかもしれないけれど、資格も経験もないし、自分なんかにできるわけがないと諦めていた。仕事なのだから、好きなことができなくて当たり前なのだと。
今になって改めて考えてみる。
「やりたいことってなんだろう?」
英語を始めとした外国語をペラペラと喋ることに憧れがあって、留学など海外で生活をしてみたいなって思う。
でもそのあとは? 日本に帰ってきてどんな仕事をするの?
そんなことを考えながら、動けずにいる。一先ず日々の仕事をこなすことでお金を稼ぎながら。
この本を読んで、私はようやく就活をしていた頃、はたまた就職に失敗した頃の自分としっかり向き合えたような気がした。そのなかで気づいたことを書いていく。
・何だか知らないけれど、イライラする。
例えば通勤時。駅でだらだら歩く人やぶつかってくる人、並んでいる人を抜かして電車に乗り込む人に苛立つ。先輩や上司の言うことは聞くくせに私の言うことは聞かない他の部署の人に苛立つ。時には大して興味もない芸能人のSNSの投稿にまで。
そしてそんな自分が嫌で落ち込む。
「ネガティブはエネルギー」という章で、巡礼仲間になったドイツ人男性が感情を爆発させている。彼は他の仲間の喧嘩したらしく、著者にも嫌な態度を取ってしまうのだが、そのことを謝りに来たときのことばにこんなものがある。
「たとえば、人がぎゅうぎゅう詰めの地下鉄や、モノがいっぱいに溢れて押しつぶされそうな大都会で、自分の感情と落ち着いて向き合うのは難しい。自分の感情を、周りがみんな追い越しちまうから。そのうち、自分の感情を否定し始める。これは、大都会の生活に必要ないものなんだ、ってね」
さらにこう続く。
「でも、ここでは違う。いくらでも自分の感情と向き合っていい。否定しなくていい。ネガティブな感情も、全部自分の一部なんだ。(中略)心の奥底からの本当の感情なら、必ず誰かが受け止めてくれる。それに、そうしてみて、思うんだ。自分の国で、出さないように抑えていた感情は、本当に我慢すべきものだったんだろうか? って」
この部分を読んだとき、自分の怒りの側面が見えた。「自分の感情を、周りがみんな追い越す」まさにそうなのだ。悲しんでいる暇も落ち込んでいる暇も、喜びや幸福に浸る暇もなく、仕事をして家に帰ってご飯を食べて風呂に入って寝て、朝が来てまた満員電車に乗る。そんな日々。やりたいなとぼんやり思うことがあっても疲れて布団に入ってしまって、結局できずじまい。そうして毎日が何となく過ぎていくことに、焦りを覚える。
なにか自分のためになることを、将来につながることしなくちゃいけないと思って、寝る前の一時間、パソコンに向かう。そして寝る。その日一日の自分の感情に向き合う時間も無いままに。
そういうことの繰り返しで、日々のなかに余白が無くなっていく。
著者の知人の整体師曰く、ネガティブな感情は余ったエネルギーを消費しようとして生まれるものであり、感情は行き場の無いエネルギーをうまく外に出すための道具だから我慢しないほうがいい、とのこと。
私も著者と同じく、「ネガティブな感情は殺さなければいけないものだと思って生きてきた」。ネガティブな発想をしているけれど、周りに引かれないためにポジティブな人間を演じたりもした。
でも強烈なネガティブな感情を持つ私には、実はものすごく大きなエネルギーが眠っているってことになる。私自身が気づいていないだけで。
「本当は、別の形をもって、芽吹くかもしれないエネルギーなんだ。」
そう思ったら、なんだかパワーが湧いてくる。本当は私、もっとなにかできるんじゃないかって。
優しくて穏やかな人間でありたいなと思いながら、きっとこれからもイライラカリカリはするだろうけれど、そんな自分を少しだけ許せるような気がするし、著者のように他人に対しても優しい目で見れるようになりたい。
そしてやっぱりそのエネルギーを注げる先を見つけたい。
もう一つの問題として、私は他人にあまり心を開けない。それは家族に対しても友人に対しても恋人に対しても、そうだ。先ほどの感情を爆発させたドイツ人のことばで、誰かが絶対に受け止めてくれるっていうのがあったけれど、私はそれを信じきれない。
そんなひと、私にはいないよって思ってしまう。
「a part of crew」という章で、かつての就活仲間であった同級生に纏わるエピソードが書かれている。優秀な彼は自身に満ち溢れ他人を見下すような発言をしていた。有名企業に就職するのだが、著者は巡礼の旅の途中でその企業が倒産したとのニュースを耳にする。著者は彼に対して「ムカついて」いたし、彼の不幸を「ざまみろ!!!」と喜んだ。しかし、二秒後にはそれを後悔する……。
こんな感情の動きは、嫌というほど経験してきた。そのたびに自己嫌悪を重ね、自分はなんて意地の悪い人間なんだろうと思ってきた。それはきっと私が誰かと比べたって仕方のないようなことを比べては、私の方が劣っていると感じていたからなのだろう。人の不幸を喜ぶのは、あの人より自分の方がマシだと思うことで、自分を護っているということなのだと思う。
自己嫌悪に陥り一人で歩く著者を見兼ねて、旅の途中で仲良くなったメンバーの一人が声を掛ける。「きみはpart of crew(仲間の一人)なのだ」と。だから話したいときは話して、泣きたいときには泣いたっていいのだ。仲間とは、頼るためにあるのだから。
彼のことばを読んで、私にはcrewがいるだろうかと考えた。
友だちは、少ないながらもいる。一緒にいると楽しいし、大切に思っているし、こんな私と付き合ってくれてありがたいと思うけれど、「話したい時ときに話したり」「泣きたいときに泣いたり」することはできない気がする。してもらうこともできていない気がする。
私も著者と同じく、「どうせ、私の苦しさなんて分かるわけないじゃん」と拗ねていた。どうせ分かってもらえないし、といつも思っているような気がする。わかってもらえず暗いやつって思われて引かれて終わるだろうなって。
同時に私の苦しさなんて、客観的に見たら大したことないんだろうなって、どこかでわかっていた。でも実際に自分は苦しくて、どうやったら救われるのか分からないから、一人で苦しみに浸りながら拗ねるしかない。
何を話したら本当のcrewになれるのか分からないけれど、それでも心を開いていきたいなって思った。自分の本心を打ち明けてみなければ、受け止めてくれるかどうかさえ分からないし。まずはこちらからボールを投げてみたい。ボールが落ちて転がったら、それはそのとき考えることにする。
・未解決人間
「傷口から人生。」が余りにも真っすぐにぶつかってきたから、私も真っすぐな感想を書くしかない。少しだけ抵抗があるけれど、それでもこのことは吐き出しておきたい。
筆者は複雑な家庭環境の中で育っていて、特に母親との関係はかなりこじれていたようだ。彼女が家族との関係を再構築するまでの過程を読むと、私の家族はいたって普通だと思う。両親と祖母と私の四人家族。両親は私を大学まで出してくれたし、社会人になった今も一緒に暮らしている。まだ面倒を見てもらっているような状態だ。恥ずかしながら。
それにも関わらず、私は家族のことがちょっとだけ苦手だ。
家族といると罪悪感が湧いてくるのだ。こんな娘でごめんね、と。
でも自分で言うのもなんだけれど、犯罪どころか親に対する反抗すらした覚えも無いし(反抗期も無かったように思う)、そこまで悪い娘じゃないように思う。
でも家族に対して申し訳なくなる。
母とは仲が良い、と思うけれど、お互いの機嫌と体調が良いときに限る。昔から母は私が体調を崩すと、心配や看病もしてくれたが、機嫌が悪くなった。今でも私がちょっとでも「頭が痛い」とか「仕事のストレスが」などと言うと、聞こえないふりをして話題を変える。
私は「だからなにをしてほしい」というわけじゃなくて、ただ「大丈夫?」とか言ってもらえたらそれで安心するし良いんだけど、そのことばが宙に浮いたまま置き去りになる感じが、空しくて堪らない。
それに割とすぐに機嫌が悪くなるし態度に現れるから、子どものころから常に気を遣っていた。手伝えることは手伝わなければ。母の機嫌を取らねば、と。
イライラすると家族のことを無視したりドアを乱暴に閉めたりする癖があって、今も昔もドアの開閉の音が苦手だ。一番初めに自分の身体を傷つけたいと思ったときも、母の機嫌が悪かったときだった(結局傷はつけられなかったのだけど)。
でも彼女は一切、私に何も言わない。何が気に入らないとかどうしてほしいとか、そういうことは。ただイライラしている。私はそれを察知して神経をすり減らしていく。
父親も仕事が忙しくてあまり家にいないし、いたとしても家のことは一切やらない。そして母の機嫌はまた悪くなる。だから家族が揃う日が苦手だ。
著者は「母を殴る」という衝撃的な行為をきっかけに、家族との関係の再構築を試みる。それまでにも彼女は何度も母と向き合おうとしてきた。そのたびに彼女の気持ちは踏みにじられていたようだけれど、その姿勢がとても眩しい。
私はこの本の中でいう「未解決人間(マオ・レゾルビーダ)」だ。ブラジルの表現であるそれは、人生や家族の問題を解決していない人のことを指すらしい。家族との間に問題を抱えていることには気づきつつ、どうしたら解決できるのかどうかさえ考えてこなかった。家族の問題というのは、他のどの問題よりも質量を持って私に襲い掛かってくる。潰されないように避けるので精いっぱいだ。
現に「未解決人間」であることにショックは受けても、まだ家族と腹を割って話そうと言い出せそうな気持ちにはならない。
だけど著者のことばを読むことで、少しだけ自分の心の在り様が変わった。
「母を殴る」という章のなかで、以下のような節がある。
ときおりふと鏡の中に、母そっくりの人物を見つけてどきり、とすることがある。
筆者は母と和解するまで、そのことが嫌で仕方がなかったという。だけど彼女は母のことを「聡明で、社会から愛されている。同時に孤独でちょっと陰気だ。自己表現がへたくそだ」と分析している。
この「母」を、「自分の母親」という枠から外して、一人の他人として見るという姿勢がとても良いなと思った。どうしても「母親」には、子どもを無条件に愛してほしいとか、いつも朗らかでいてほしいとか安定していて家族を受け止めてほしい、と思ってしまうし、不思議とそういう存在だというイメージを勝手に持ってしまう。
だけど「母親」は、たぶん私の延長線だ。私が今、妊娠をして出産をしたら、私はもう「母親」だ。もちろん出産までの過程を経る間に、今の私からは多少変化はあるだろうけれど、それでも私なのだ。急に特殊能力を授かるわけじゃない。
そして今の私は精神的に脆くて、余裕が無くて、人に対して嫌な態度を取りがちだ。そう思ったら、「母親」に常に完璧な優しさと包容力を求めるのは惨いことのような気がしてくる。というか人間だもの、無理だと思えてくる。
「不完全家族の履レキ書」という章に書かれている一節が、とても好きだ。
家族というものが、不完全な他人のよせ集めであること。なんだか分からないけれど、仕方なくこうなっちゃったね、仕方ないね私たちこうなんだもの、という明るい諦め。この「とほほ」な感じで互いの欠けを埋めた時に、家族ははじめて、家族になるんじゃないだろうか。
この肩の力を抜いて、「あーあ」って思いながら受け止める感じが好きだし、読んだときに「そっかー。そうだよねー」と思った。そしてこんな考え方をしてもいいのだと知った。世間にはあまりにも完璧で温かい家族のイメージが溢れているから、それから少しでも外れてしまう自分の家族のことを気に病んでしまいがちだけれど、しょうがないよね、私たちフィクションじゃなくて、生きているんだから。という気持ちになった。
母だって疲れているし寂しいし余裕が無いからそういう態度を取ってしまうのだろう。私だって一緒だ。だけどそれを母のすべてと思わず、「まあ、そういうときもあるよねー」と気楽に受け止めていきたい。
積極的に家族の問題を解決しようという勇気はまだ無いけれど、そういう視点を持つことも大切だと思う。
この「明るい諦め」を齎してくれた著者に、感謝の念が湧く。
・悔しさの理由
先述した通り、私は仕事において「何がやりたい」というものが無かった。だけど仕事という枠を外したら、本当はやりたいことや興味があることがたくさんある。読書が好きで常に本を持ち歩いている。音楽が好きでライブにも足繁く通っている。写真を撮るのが好きで一人で撮影に出かける。
だけど好きなことをやっているときでさえ、私は苛立ちを覚えている。
とくに音楽を聴くとき。ライブを観ているとき。
感動するとともに、猛烈に「くっそ~」と悔しくなるのだ。
ときにはその感情が強すぎて、音楽を聴かなくなる時期もある。
十代の頃からその気持ちはあって、ずっと何故だろうと思っていた。
好きになればなるほど、辛くなるのだ。
でもこの本を読みながら、なんとなく気づいた。
自分がやりたいことをやれていないから、悔しいのだ。
私の悔しさは憧れの裏返しなのだ。
たぶん日常の苛立ちの根を辿っていくと、すべてそこにたどり着く気がする。
やりたいことをやれていない自分。好きなことをやっている人を妬んで指を咥えて見ているだけの自分。本当はそんな自分自身にムカついているんだろうな。
だけど私は、別に音楽がやりたいわけじゃない。
楽譜もほとんど読めないし、何度挑戦してもちっともギターのコードを覚えられない。メロディは一つも思い浮かばないし、何しろ究極の音痴だ。
たぶん、本当にやりたいことなら、ギターもピアノももっと練習が続いただろう。
私はどちらかと言えば、文章で愛してやまない音楽に立ち向かっていきたいと思っている。どんなふうに、と聞かれるととても曖昧にしか答えられない。ディスクレビューやライブレポを書きたいという思いもあるし、小説が書きたいと思うこともある。どうしてそこに繋がるのか自分でもよく分からないのだが、私の心を震わせてやまない音楽のように、誰かの心に届く小説が書きたい、と思う。音楽を聴いて頭に浮かぶ光景を、私は小説にして出力したい。
そうか、書きたいという気持ちは子どもの頃からあった。読んだ本や聴いた音楽の感想、小説などをずっと書いてきていた。ただ大人になってそういったものをネット上に公開するようになり、評価をされず、人気も出ず、「ああ、そうか。才能が無いんだ」って知ってしまった。そして知ってしまったとほぼ同時に進路選択の時期が訪れていた。
私はやりたいことがやれない人間なのだと思い、好きなことから目を背けた就活をした。まったく興味のない仕事、しかも今思い返せば、性格的にも完全に不向きだと思うような仕事に就き、心身のバランスを崩して辞めた。そこから約一年、私は自分の心の問題に苦しめられたし、今でも不眠症やパニック発作などを抱えていて、影響が残っている。
こうなったらもう、好きなことをやるしかないのだ。
「六本木のまんこ」の章にあったように、「どうしたって、私は私」であり、私は私から逃れられない。私を突き通すしかない。
やりたいことを仕事にするだけの技術や知識はまだ無い。私はまだまだ甘い。
だけどやりたいことに気づけたことは、私にとってプラスだったと思う。
これからはやりたいことを仕事に繋げられるように努力していこうという、方向性が見えた。迷い込んだ暗い場所のなかで、おや、どうやらあっちの方に少し日が差しているようだ、どれどれ、ちょっと見に行ってみるか……、というようなのんびりとしたものだけれど、まず一つ歩いていきたい方向がわかった。
最終章の「「仕事」が分からない人に」のなかで、著者は自分の過去についてこう振り返っている。
「本当の望みなんて、叶うわけがない」
そういう、さわやかでない諦めを抱えながら、私はいつもくすぶっていた。くすぶりながら、現実的な「第二志望」をジプシーにして、でもいつも「どこか違う」と不満を言っていた。「第二志望」なんだから、「どこか違う」のは、自明のことなのに。
自分が正に、この状態だった。
もしかしたら私はこの本を読む前から、不満の現況にも何がやりたいかということにも気が付きつつあったのかもしれない。
だけどそのもやもやとした霧のようなものに、明確な形をくれたのがこの本であり、この一文だった。明確にことばで表された感情とは、向き合うことができる。
だからこの本を読むということは、私にとって自分と向き合うことだった。
そしてこの感想にすらなっていないような文章を書くことは、私のとって溜め込んだエネルギーの発散になった。正直、かなりデトックスになったような気がする。
これまでの私は、ずっと思うようにいかない人生に振り回されて困っていた。そのうちに疲れてしまって感度を鈍らせ、自分の人生に現実味を感じられなくなっていた。
だけど今は、これからの人生をデザインしていくことが楽しみに思える。
こんな風に思わせてくれた「傷口から人生。」にも、思い出すだけで胃が重たくなるような過去まで全力で書き上げてくださった著者の小野さんにも、本当にありがたいなぁ、と思う。
生涯でお会いしてみたい人がまた一人増えた。
これからの私がどうなるかはまったく分からないけれど、自分の人生は自分が主体となって生きていきたい。きっとそうすることで「生きるのが面白く」なるような気がする。