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まだ何も知らない
熱い。熱い。鼻先が焦げそうだ。
なんだ?急に少し寒くなってきた。でもちょっと気持ちいい。
焼き鳥の肉汁が熱線に垂れて食欲のそそる焦げた香り。
今何してたんだっけ?
顔面が熱い。今度は焼き鳥のタレが焼けた匂いがする。鼻の穴どころか身体中その匂いでいっぱいだ。
後ろから中華鍋の底をコンロにガチャンガチャンと叩きつけるような音がする。
感知センサーが鳴り響く。いらっしゃいませと周りにいる人たちが叫ぶ。自分も同時に叫んでいた。
そうか入り口が開いたから入ってくる外気が冷たかったのか。この瞬間があることでなんとかこの熱さに耐えられている。
思い出した。俺は今、居酒屋で働いているんだった。
「まさき!10卓の焼き鳥盛り合わせは半分は全部タレのももにしてとさ!あとは適当に盛って。」
「了解す。」
俺は淡々と焼き鳥を焼いていた。平日は1人でほとんどの料理を作るが週末は1つの調理場に最低1人は配置されていて、この日は俺が当番だっただけだ。
この居酒屋は鶏料理を専門としている。親会社が鶏肉の精肉店なので正直結構うまい。
120席もある大型店舗で深夜の2時まで営業している。
周りが田んぼだらけの田舎の店舗ではそこまで遅い時間まで営業していることは珍しい。
接客係の女性スタッフは顔採用されていると噂になるほど可愛かったが、その通りですと言わんばかりに接客がクソだという噂も同時に広がっていた。
俺は高校生1年生の冬休みに入るタイミングでそのとき付き合っていた彼女に誘われて、アルバイトとして働き始めた。その後高校卒業と同時に今はなんと正社員として雇用され6ヶ月が経った頃だ。
彼女とはとっくの昔に別れて暫く険悪な職場になっていたがあっちが先に辞めた。
スタッフみんなが慌ただしくしている中、電話が鳴る。俺は近くにいたスタッフの顔色を少しだけ見てから電話に出る。
「お電話ありがとうございます。海鳥丸々店です。」
「はい、あー、今日はもうご予約で満席なんですよね。はい、ちょっと待ってくださいね。」保留ボタンを押す。
「今日はもうテーブル無理ですよね?3名らしいですけど。」
「バッシングしたらいけるかも。受けて大丈夫ー。」
先輩の女性スタッフが応えてくれたので間髪入れずにまた保留ボタンを押す。
「テーブル大丈夫ですね!お名前とご連絡先よろしいですか?」
基本的に電話には誰も出たくない。でもこっちも忙しいから一応「誰も取らないよね〜?は〜い。」って顔だけしてから取るようにしている。そういう空気を読む能力は幼少期から培っていたようで人一倍うまい、と自分で思っている。
おかげで今となっては、店1番の「使えるやつ」ってとこだ。
先輩に呼ばれて「あれ取ってきて。」と言われただけで何が欲しいのか即分かった。
それを他のスタッフが見ていた時は何故分かるのかとよく驚かれていた。そしてそのリアクションが俺にとって快感だった。
もっと使えるやつになりたい。
人の役に立てるって楽しい。
周りの人間が俺を凄いやつだという。楽しい。嬉しい。店の在庫管理、仕込みのこともすべて把握するようになって他のスタッフは自分で確認することもなく俺に聞くようになった。その方が早くて正確だからだ。
ああ俺ってなんて役に立つやつなんだろう。
学生時代にそんなこと1ミリも感じたことはなかった。
どちらかといえばスカしてるタイプだ。俺以外のやつはみんな子供だ。祭が盛んな町に住んでいたので時期が近づくとみんなちょうさをかく際の掛け声をずっと叫び出す。うるさい。なぜそんなに必死になれるんだ。と思っていた。でもその割に人一倍目立ちたがりでもあった。
誰かと同じことをすることが嫌だった。みんなと同じだと思われることが嫌だった。俺はみんなとは違う。今で言う逆張りってやつだ。
給食は誰よりも早く食べ終わることで、席から1番最初に立ち上がるので目立つ。欠席した生徒の牛乳は即座に回収する。みんなの苦手な食べ物も回収して回る。変なやつだって思われるがそれが快感だった。
真冬はずっと半袖だった。
休み時間はみんなが鬼ごっこをしている時に俺は黒板に絵を描いていた。休み時間が終わってからゆっくり消し始めるのでみんなが俺の背中を見ている。俺が黒板に描いた絵を見ている。
アイツは変なやつだとみんなが見ている。心の中でニヤける。
みんなが勉強をしていたので俺は勉強もしなかった。みんなと同じになりたくなかった。なのに中学校の時に美術のテストで100点をとる人がいなかったことに気がつき、美術だけ100点をとるひねくれっぷりも見せていた。ちなみに5教科のテストでは155人中、不登校の生徒と並び154位だったことも誇りに思っていた。宿題は先生に怒られてしまえばやらなくていいと気が付いてからは一度もせずに卒業した。
俺の親は元ヤンだったので犯罪や暴力をしなければ何も言わなかった。
「私達より悪いことしてなかったら別にいいよ。」
俺によく言ってきた母のセリフだ。
話を戻すがきっと今仕事で人の役に立つのが快感なのは、自ら役に立とうと思って働いている人なんか1人もいないと気がついていたからかもしれない。
働くことに目を輝かせてる人など周りにはいなかった。
だから俺は誰よりも仕事を覚えたし、率先して働いた。
それが周りにとっては何よりも変なやつだからだ。
そんな自分だったが歳を取るにつれて周りの行動も細かく目につくようになってくる。といってもまだ19歳にもなっていないのだが。
どうして自分のようにしないのだろうかと思うようになってきたのだ。今までは役に立つことが周りと違う点だったのに、仕事を続けていると役に立つことが人としても価値を高めていることに気がつく。
つまり周りの人間が何故か役に立つことを拒んでいるように見えてくる。とても不思議ではないだろうか?そんなに自分は変なのだろうかと少し優越感にも浸るがすぐにまた疑問になってくる。みんな価値がつくことを望んでいたんじゃなかったのか?
お客様に笑顔でいらっしゃいませというだけで会社では高く評価される。出勤時間を守るだけで評価される。できる仕事の数が増えるだけで時給が上がるし、感じよく先輩の世間話を聞いているだけで飲み会に呼ばれる。少し店長の残業を手伝っただけで誰も任されないような凄い仕事ができるようになる。しかしみんなこれらを全くしないのだ。簡単なことなのになんでしないのだろう。正直いって理解できなかった。
その中で面白かったのは、世間一般的にはギャル男と呼ばれているようなやつが入社した。まずは仕込みからだと玉ねぎのカットをお願いしたところ
「切るんすか。マジっすか。包丁怖くて使えねっす。」
と断っていた。俺は遠くからそのやりとりが見えていたのだがなんと次の日には新人ギャル男くんはクビになっていた。店長が苦い顔をしてその話を聞かせてくれた時は立てないほど笑った。
全く料理をしたことがないと包丁を使うことも想像できないものだろうか。まあそれは余談だ。
とりあえずこの時俺が周りに聞いた限りで出た答えは
「仕事をしたくないから。早く家に帰って遊びたいから。」
などといった意見が多かった。
俺には理解できない。高校生の時に22時で帰らなければならないことが不服で店長と交渉し、無償で26時まで働いていた。
俺にとっては全く理解ができなかった。
たまにそんなことを悶々と思いながらある日、俺の中で革命が起きる。
次回「俺は自由だ。」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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