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星宿図

女を殺ったあと、おれは、かねてより目をつけていた墓に忍び込んだ。ここの存在は、ムラの者に殆ど知られていない。墓守のおれだから、こんな分かりにくい草地の斜面に造られた入口を発見できたのだ。宝物は既に盗掘された後だったが、直射日光を避け、涼むことができるし、何より、女を連れ込んで楽しむことができる。

もっとも、穢レとされ忌み嫌われているおれを好んでついてくる女はそういなかった。だが一度犯ると味をしめて向こうから誘ってくる奴もいる。その中にはオサの妹もいるのだから、笑ってしまう。

だが、今夜は失敗した。この春に隣ムラからフンジに嫁いできた、ラキという女。婚儀の日、おれは田道を進んでくる列の中心にいるラキを見て、その美しさに心を奪われた。フンジみたいな頼りない奴に独り占めさせるのはどうにも勿体ない。そう思っておれは、フンジが隣ムラに泊りがけで行く日を調べた。それが今夜だった。

闇が下りても暑さは引く気配がない。屋内に月光が深く射し込んでいる。その中に、白い脚が見えた。ラキは寝巻から脚を殆ど出した格好で寝ていた。足音を立てないよう近づき、おれは、ラキの口を左手で覆った。目覚めたラキの顔は恐怖に歪み、おれから逃れようと必死でもがき、脚でおれの腹を蹴った。それがおれの欲情をさらに昂らせた。おれはラキの寝巻をめくり、おれのものを無理矢理ラキに捻じ込んだ。

ラキの両目から汗とも涙ともつかないものが流れた。その目でラキは、行為中ずっと、おれを睨みつけていた。いいぞ……もっと怒れ……。おれは生意気な女を凌辱することに最も興奮した。おれは何度も激しくラキを突いた。そして、射精した。

油断したおれが手をすべらせた隙に、ラキがおれの親指を噛んだ。慌てて手を引っ込めるとラキが起き上がり、叫んだ。

「たすけ――」

おれはラキを押し倒し、その細い頸を絞めた。声を出させまいと、絞め続けた。しばらくしてラキは、ぐぇ、と声を出し、こと切れた。

それからおれは闇に乗じてこの墓まで逃げてきたのだった。殺すつもりはなかった。無我夢中だった。人を殺したのは初めてだ。夜が明ければムラは大騒ぎになり、犯人探しが始まるだろう。このような場合、穢レが最も怪しまれる。実際、犯人はおれだし、この墓の存在を知っている女が複数いる。見つかるのは時間の問題だ。逃げるしかない。……

おれは疲れて、石棺の横に寝転んだ。しばらく何も考えたくない。生まれた時からずっと、穢レと言われ、蔑まれて生きてきた。穢レ。穢れた者。だがおれは知っている。どんな身分の者も、一皮剥けばみな同じ、富と権力と媾いに狂ったけだものなのだ。何が穢レだ。差別する対象をつくっておのれらの優越意識を守りたいだけではないか。

ふと目を開けると、灯りもないのに、墓の天井に金色の点が瞬いている。星宿図。天井を宇宙になぞらえ、星を金箔で描いたものだ。なぜこんなものを描くのか、ムラで知恵のあるナシが「死者を鎮める役割がある」とか言っていたが、要するに大陸の文化の真似事だろう。猿真似だ。

三つの点があると人の顔に見えると言う。おれは星の名前など知らないが、なるほど、じっと見ていると、弓や、輪っかの形に見えてくる。おれはぼうっと長いこと、天井を見上げていた。するとうまい具合に配置された三つの星が人の顔となり、ラキの断末魔の顔になった。白目を剥き、口から舌を出し、涎を垂れている。おれははっとして目をこすった。顔は三つの星に戻った。

なんだ、気のせいか。睡魔が襲い、おれは目を閉じた。すると瞼の裏にさっきのラキの顔が浮かんできた。これが祟りってやつか? まさか、おれは信じない。人間、死んだら「無」になり、「魂」とやらも消滅するのだ。するとこれは、おれの心が生み出した幻影なのか。つまり、おれは殺したラキに恐怖を感じているというのか。

殺した者も「無」になるのだ! おれは目を開けた。天井の星が、目を開けていられないほどぎら、ぎらと輝いていた。そのまま、どんどんおれに近づいてくる。おれは呻いた。

星宿図が、そらが落ちてくる。
いや、おれがそらに昇っているのか。……


令和三年、奈良県〇〇郡△△村の畑の一角で、三世紀後期から四世紀初期につくられたとされる古墳が発掘された。副葬品は盗掘されており、石棺の傍に一人の男性の遺体があった。推定年齢二十~四十歳とされるこの男は、奇妙なことに、両手を天井に延ばしたままミイラ化していた。




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