おしょらいさん
8月15日15時50分。「4時になったらおしょらいさん送りに行け」トラブルで頭が沸騰している俺の部屋まで来ておふくろが言う。「アホか、仕事中や。手え離せへんわ」「お盆は休みのはずやろ。嘘言いな。どうせパソコンで遊んでんねやろ」「15日でも今日は月曜や、平日や、世間の殆どの人は普通に仕事あるわ」「仕事よりご先祖さんの方が大事や、行かんかったら家放りだすで!!」
これ以上なにを言っても無駄だ。お盆の3日間は「会社員」は全員休日だとマジで思っているのだ。惚けで怒りっぽくなってるのとは違う。彼女は若いときからこうだ。自分の命令に逆らう者は必ず死ぬと思っている。俺は「申し訳ありません。4時から20分ほど抜けます」とメッセし、大きくため息をついて立ち上がった。仏壇部屋へ行き、線香の箱を開けながら「5本でいいねんな」「訊くな。前いうたやろしっかり覚えとけ」
俺は線香5本に火を点けた。何本か忘れたが5という数字が縁起が良さそうで適当に5に決めた。何も言わないので当たっているらしい。が裏玄関を出ようとした刹那「ち~が~う~だ~ろ~」なつかしいなーどこかで聞いたぞこのセリフ。流行語大賞になったやつだっけ?「表から迎えたんやから表から送るんじゃ、どアホ~~~」
13日、お迎えの際はおふくろと一緒に行った。おふくろと一緒に歩くのは嫌で嫌でしかたがなかったが無理矢理連れていかれた。「私もな、この歳で、いつなんどきどないなるやらわからへん。これからはおしょらいさんあんたがしなあかんから、教えたってんねや」その時に、送る際は迎えたのと同じ表玄関から出るのだと教わったのだった。忘れていた。
「それからな、線香は絶対折ったらあかんからな」「なんで?」「なんでもじゃ、ご先祖さんが怒ってうち呪われるからな絶対折るなや!!」喚き続けるのを無視し、表玄関から出た。そんなしょうもないことで呪うご先祖さんちゃうやろ。あ、おふくろがご先祖さんの仲間入りしたら、おふくろだったら呪うかもな。
おしょらいさん…お精霊さんとは、ご先祖さまの御霊である。お盆に迎え火、送り火を焚くことを「おしょらいさん」と呼ぶのだ。TVをみていると庭先で苧殻を燃やすなど、いかにもお盆ってないい雰囲気でやっているが、うちの地元では簡略化して線香しか焚かない。
村の入り口のお地蔵さんの祠まで、歩いて10分ほどだ。自転車だと線香の火が消えそうなので、歩いていくしかない。4時といえども日差しがきつい。少し歩くだけでも汗が噴き出る。クソったれ…俺はほんまに忙しいんじゃ、おふくろが行けや。仕事よりご先祖さんが大事と言うが俺の稼ぎがなかったらどないなるちゅうねん!? まじで手が離せないっちゅうのにもういっかい言うぞクソったれ…
俺の心の屈折が伝わったのか線香の一本がポッキリ折れた。あ。…折れたら呪われるいうてたな。んなアホな。めんどくさい。ここで線香捨てて帰ったろうか。いやそれは幾ら何でもバチあたりやな。とりあえず刺すだけ刺そう。祠に着いた。線香立てに先客の線香が1本づつバラバラに刺してある。それを真似、俺は折れた線香も一緒に適当に灰に刺した。拝むこともせず帰路をいそいだ。
家に近づくにつれ何やら騒がしい。そして埃くさい。「うちの家が~家が~ああ~~~あああ~~~」おふくろが向かいのおばさんに抱きかかえられながら泣き叫んでいる。俺の家が横真っぷたつに折れていた。
※フィクションです