掌の小説 | 心中 | 川端康成
【居酒屋たなごころ】
お題 ー 川端康成『心中』(掌の小説より)
※お題を肴にあーでもないこーでもないと読み解くお遊びです。名探偵を気取っています。
※激しくネタバレしておりますし、推理が大ハズレの可能性も大です。
たった2ページと2行の世界。
心霊的・神秘的と評されておりますが、本当にそうだろうか。
どの角度から覗いたらクリアな景色が見えるのか、ぐるぐる考える。
私はこれをミステリーの角度でみようと思う。信頼できない語り手による叙述トリックだと仮定する。
こんな手紙が全部で4通。遠い土地にいる夫になぜか聞こえるゴム毬の音。
まず最初に思い浮かべたのは、お妾さんという立場。
ご近所の手前「夫」としているが、実際はたまにしか来ず、ちゃんと本妻がいる。
手紙に書かれたような音なんか当然聞こえるわけがなく、たまたま偶然符合しただけ。でも日陰の存在の身にとっては偶然とはいえ驚く。ビクビクする。
生活費を打ち切られないように少しでも機嫌を損ねないように、言いなりになる彼女。
と、ここまでイメージを膨らませたがなんだかしっくりこない。
一番おかしいのは遠くにいるはずの夫が隣で死んでいたこと。
それと、ひねくれているので『不思議』といわれたら疑いたくなる。本当に不思議なのかなと。
逆から考えよう。
『彼女の夫も枕を並べて死んでいた』
これを事実とする。だとすると夫は家にいた。
もうひとつ揺るぎない事実として、タイトルの「心中」。
新聞の見出しならおそらく「一家心中」だ。
そうなると疑わしいのは手紙。そもそも信頼できない語り手である。手紙なんて来ていない。
夫はずっと同じ家にいて、音がうるさい心臓に響くと言っていたのだ。
茶碗を割ったり、壁に激突したり、襖へ突きかかったり、娘の頬を打ったり。これは?これは?と彼女は確かめている。
この音は聞こえますか?
子供にさせるなばかり言って、私は?私のことは?なぜ私のことを言ってくれないの?
聞こえていますよね、そこにいるんだから。
「お前達は」
私は?
手紙は毎回違う差出局から投函されているという。これ、妾だとなんだかしっくりこない。
彼女は本妻だ。
夫は複数の女のところを行き来して、家には寄りつかない。だから違う場所から手紙がくる(という幻覚)。
でもじっさいには隣の部屋にいる。声を出さずに見つめているその眼差しが彼女を追い詰めているのだ。
2年前、彼女は夫を捕まえた。
家から出られないように、例えば足を切るなどで致命傷にならない程度の寝たきりにさせる。それを甲斐甲斐しくお世話する。やっと家族全員揃ったわ、と。
「主人、体を壊してまして……」なんて日頃ご近所さんに話しておけば、新聞の見出しが一家心中でも違和感がない。
隔離(監禁)しているうちに、逃げたという幻想を抱くようになったのではないだろうか。体はこの家に縛りつけたけれど、夫の気持ちはここにはない。どこかに行ってしまった。逃げた。
神経質に心臓を気にしているのはもう死にそうだから。
まてよ。九歳の子供が父のことを言及する場面が一度もないな。
「一家心中」ではない?人間何人いる?
例えば、娘がいたが小さくして亡くなった。この二年で妻は娘の幻覚を見るようになった。生きていれば、と。
ところが幻覚はしゃべらないし音がしない。そこから「音を立てるな」と指示されているという理屈にならないか。
妻の言動がおかしいと近所の人は思っていたが、静かに暮らしているので特に詮索することはなかった。
(呼吸もするな)で彼女は死の準備をする。夫と子供そして自分で川の字になる。これで枕を並べて死んでいた構図になる。
夫と彼女の間に子供一人分くらいの空間。
現実には二人しか存在しなかったら、タイトルの「心中」にピタリと一致する。ピタリと一致する。(大事なことなので2回)
事実だけを並べてみよう。
夫と妻の二人暮らし。二年前から夫は寝たきり。ある日二人は枕を並べて死んでいた。
ごく狭い限られた空間の出来事を凝縮した物語だと再認識する。
川端康成本人が〈これで愛のかなしさを突いたつもりであつた〉と解説している。
……案外近いところに迫っているのでは。(自画自賛)
娘の存在を消してしまうのは飛躍しすぎかしら。
日常を送っていく中で、我々は自分が見たいように見ている。自分が受け取ったものをどの方向に出力するかは自分でコントロールできること。それならなるべくフラットに純粋な塊のまま受け取って、気分が良くなるほうに解釈していけば、毎日楽しく暮らせてハッピーじゃんというのが『心中』の感想になって驚き。
掌でみがかれた世界のどこまでも広い余白で、思う存分こねくり回して遊んでみました。蛇足も蛇足。
作品を読み直すと、美しく鮮やかで純粋な様がより一層際立ちます。
大変楽しめました。
文豪に完敗。