アリス・マンロー 『小説のように』
★★★★☆
「短篇の女王」と誉れ高いアリス・マンローの短篇集。10篇収録。2009年にカナダと英国で刊行されたものなので、ノーベル賞受賞前のものになります(ノーベル賞は2013年に受賞)。
「現代のチェーホフ」と評されるとおり、雰囲気と読後感に似たものを感じます。短篇というフォーマットの中でどこまでも深い広がりを見せる力量は他に類をみません。
短篇となると、少ないエピソードや短い時間をさっと切り取るものが多いと思うけれど、マンローはひとりの人生までもを描ききってしまいます。それでは単なる年表のようなエピソードの羅列になってしまいそうですが、そうはならないのがアリス・マンローです。望遠鏡と顕微鏡が一体となっているかのように遠近自在に焦点を当てることで、人物を彩り豊かに描きます。
文章がリーダブルかというと、そこまで平易ではないと感じました。言葉遣いそのものは難しくないのですが、複文(「私は彼がそうしたいのだと思った」のように一文の中に主語と述語が複数含まれる文)や倒置、体言止め、息の長い一文がなどがちょこちょこ出てくるので、僕は時々読み返さないと意味がわからなかったりしました。とはいえ、決して読みにくいわけではないです。文章の意味性と詩情の配分の関係というか、それがマンローの文体のようです。
文体も構造もきわめて王道の文学です。メタ・フィクションとかギミックとか叙述トリックなんてお呼びじゃないです。大げさではなく、文学が読みたければ、アリス・マンローを読んでみればいいと、小さな声で叫びたいです。こういうのが文学なのだ、と腑に落ちるでしょう。きっと。
アリス・マンローの優れたところはたくさんあるけれど、なによりもその人間を見つめる視座と奥行きが卓越しています。人間というもののとらえ難さや複雑さを簡便にまとめてしまうことなく、そのまますっぽり包み込んで表せるのは、確かな才能と高い技術がないとできません。視点、話形、表現力、詩情、物語性などのバランスがマンロー独自の世界を成り立たせています。
正直にいうと、僕の好みにぴたりと合っているわけではないのですが、文句なく優れている作品においては好き嫌いはそれほど問題にはならないようです。
ちなみに、『パリ・レヴュー・インタビュー Vol.1』という本でアリス・マンローのインタビューが読めます。いろいろな作家のインタビューを読むと、作家に対する好き嫌いが出てくるのですが、マンローの話しぶりには好感が持てました。もし近しい間柄だったら、わりかし面倒くさいところがありそうな気はしましたけれど。