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【原作】#5 置かれた場所で咲く花は 第五章 ダイスを転がせ。イカサマの

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 タイミングが重要だ。
 その時が来るまで、堪えて待て。
 パティは己に言い聞かす。お楽しみはヤツらではなく、私の方だ。だから待て。
 口の中に排泄物より不浄な男の肉暴がねじり込まれた。舌にざらつく陰毛と生温かさに吐き気を催すが必死に耐える。泣いているふりをして、薄めで辺りを探る。集められている女の数。それに跨る兵士の数。見張り役は何人だ? 順番待ちをしているヤツは? そして目の前の男の恰好は?
 決断しろ。
 そう思うと同時に。パティはぶち込まれた男の一物を噛み切った。パティはアーミーナイフを瞬時にすり取り、喉を掻き切る。口移しでヤツ自身を返してやり、男に叫ぶ暇を与えない。
 打撲と体液に汚された身体に血潮を上塗りして、パティは駆ける。
 お前ら全員、笑っていられるのも今のうちだ。

「事故で墜落したその機体は運悪く東欧の紛争地域に墜落した。彼女は奇跡的に生きていたが、救助された先が悪かった」と君島。
 君島はアンドロイドだった。ホールディングスとの繋がりがある悪徳警官役の。そしてそのOSの拡張性は高く、コッペリアとしての役割も果たすということか。キッチンカーの店員をはじめ、町中のあちこちに組織謹製のアンドロイドが溢れている。
「運が悪い?」色々言いたい事があったが、日下部は話を折ることはしたくなかった。コッペリアに依頼したのは自分なのだ。
「墜落した場所を実効支配していた露帝国系の武装集団がまだ幼かった彼女を〝保護〟した」
「含みがあるのは、そういう事か」
「ああ、奴隷だ。クソ虫以下の連中にクソ虫以下のことをされたのは想像に難くない」
「……。で、どうやって抜け出した」
「とある作戦——目的は不明。俺のランクでは検索できなかった——でホールディングスのエージェントたちがその武装集団を襲撃した。彼らは仕事を完遂できなかった。彼女がすでに処理していたからだ。まだハイティーンになるかならないかの少女が、だ」
「話を盛っているのでは?」
「それも確かにあるのだろうが、クズどもはみんなくたばって、確かに彼女は生きていた。それは事実だ」
「それでスカウトしたのか」
「エージェントからの報告を受け、ホールディングスは彼女を〝保護〟することに決めた。……ヤツ等とは意味が違うがな」
「才気あふれる若者の育成か」
「何せ、屈強な野郎ども数十人を始末した逸材だからな。発見された時は、全裸で映画キャリーさながら血潮で染まっていたそうだ。笑みを浮かべながら」
「〝スマイル〟の所以か」
「『その笑顔を見たもの必ず死ぬ』。『奴隷労働時に受けた大脳皮質の異常により、全ての感情表現を〝笑み〟でしか表現できなくなったヒットマン』」
「本当か?」
「もちろん、嘘だ。報告はいつも真顔だ。不愛想で何を考えているのか分からないがな。ホールディングスのリクエストや戦場ではそのようなデマの流布が役に立つ場合があるからそのままにしているのだろう。だが、実力は本物だ」
「それは分かるが、なぜあんな小柄であのパワー?」片手でハンマーやスクーターを放り投げている動画を見た。
「過酷な環境や任務に適応するために、身体の80パーセントに何らかの処理をしたと言われている」
「そんなヤツに狙われている。こりゃ、俺死ぬな。しかもアイツは俺のお仕事の対象だろう?」
「そうだ。しかし残念だな。これでは賭けにならない」
「上辺だけの同情はいいよ。……しかしな、最近、何事も唐突すぎやしねえか」
「まあそう言うなよ。前にも言ったかな? 上のやり方が変わったんだ。それにだ、あんたも早く生成すればいいんだ。彼女みたいに。そうすればそんな思いもしなくなる」
「チップをか? 頭を切り裂いて?」
「それは昔だ。今はもっと簡単。それに今はエクスパンションという名称が一般的だ」
「エクス……?」
「拡張とか拡大という意味だ」
「よく分からんな。あのガキが日本語をペラペラ話す理由はそれなのか」
「そうだよ。て、いうか、表の、一般人でもできる。その辺に浮かんでいるドローンからリンクして、言語プログラムをダウンロードすればいい。脳内でナノマシンが生成されて有機チップが完成する」
「それなら知っている。前にやろうとしたが、手続きが煩雑で止めたんだよね」
「おいおい、ガキでも簡単にできるぜ。ゲーム感覚でやってる」
「ゲームはやらないんでね。それで、あんたは、いつまで使えるんだ」
「安心してくれよ。まだホールディングスからの干渉はない。あんたへのサポートは継続だ。コッペリアの役割も継続。知らない言葉も教えてやるよ」
「そりゃどうも」
 そうは言ったものの、日下部は内心困惑していた。
 これが歳を取るということなのだろう。環境の変化とそのスピードに置いていかれる。それは〝お仕事〟だけでなく、日常生活にまで及び、なぜそうなったのか、なぜそうすべきなのかが理解できない。だが。今は感傷に浸っている場合ではない。
「またいくつか依頼したい」
「どうぞ。ただし俺の出来る範囲で」
「それでいいさ。おれはおそらく〝大穴〟だろう」
「何だ? 自分に賭けるのか。それは無理だろう。騎手は馬券を買えないものだ」
「そうではない。俺を長らく使ってきた組織とその長を調べてほしい。そしてそいつが賭けとやらに参加しているのかどうか。できれば誰に賭けているのかも。賭けの結果はどこで?」
「不明だ。時間がかかるな。何せ——」
「下っ端だからな、俺たち。まあ、分かり次第、やり方はまかせるが、サプライズ系はほどほどにな」
「考慮しよう。他には?」
「武器がいる。この銃、もらってもいいか? 弾もいるな」
「好きにしろ。弾は保管庫にある。押収したものを持っていけ」
「悪いな」
「あのエージェントに通用すると? マシンガンとかバズーカなんか置いてないぞ。警察だからな。軍隊じゃない」
「あっても使いこなせない」
「エクスパすればいいさ」
「それがよく分からないと言っている……。使い慣れたものがいいさ」
「おい」チンピラルーキーが口を挟む。「俺はどうなるんだ?」
「忘れていた。おい、賭けはまだ続行か」
「いや、おそらく無効だろう。この試合は」
「この試合?」涙目。おどおどしているが、無効という言葉にわずかな希望を見出しているようだ。だが——。
「俺がやらなければ、〝スマイル〟がやる。お前の仲間たちをたった一人で潰したヤツが」
「そうだ。そしてすでにこっちへ向かっている」と君島。頑張れよ、大穴。そう言うと、チンピラはがたがた震え出した。また、泣き出すとうるさい。
「お前は〝スマイル〟のコッペリアでもあるな」と日下部。
「そうだ。日本の、この依頼に関しては」
「何でそんな事をするんだ?」余計なことを。チンピラは君島に喰ってかかかるが、あえなくあしらわれる。黙れ。同感だが、日下部はコイツの使い道を思いついた。
「いわば共通の敵というやつだ」保管庫はどこだと日下部は言った。
「一階に上がって、東口の階段から地下へ。廊下に矢印があるから迷うことはないと思う」
「他の警官とか職員は?」
「いるにはいるけど、この時間に残っているのはみんな俺と同じアンドロイドだ。ホールディングスの意向でね」メモリに細工するのが容易だ。何があっても……。
「人間の方はみんなクラブハウスの方へ、か」
「そういうことだ」
「監視カメラは使えるのか」
「こいつで」日下部はバインダーに挟まれたタブレットペーパーを渡された。
「使い方がいまいち……」
「俺が使う」とチンピラルーキー。役に立ちたいんだ。
「それじゃあ、健闘を祈るぜ」やってくれと君島は言った。
「また会えるといいな」日下部は君島の口に銃を突っ込み、撃った。ショートする火花とオゾン臭。
「何で撃つんだよ」
 バカとハサミは使いよう。日下部は檻から出た。


「旅行者(キャリーバック・バカ)じゃないみたいだな」
 来たな。地下の別室にある証拠保管室。ルーキーが操作するタブレットペーパー。
 警察署の玄関口に大型のキャリーバックを引きずった女。
 背丈の半分ほどの大きさ。大型のバックなのか、はたまた身長が低いからそう見えるのか。おそらく両方だろう。日下部は考える、はてどう出るべきか。
 スマイルことパティ・マーリンは夜間の受付口を通り過ぎた。キャリーバックのプラスチックのタイヤが不愉快な音を立てているだろう。
 職員のアンドロイドが慌てて後を追いかける。どうなさいました? こちらで話を伺います。
 ああ、そうですか。振り返り、発砲。肩口を撃ち、膝が折れる職員。側に近づき額に銃口を向ける。人に倣い、頭部にCPUが集中しているタイプが多いからだ。念のためなのか、さらにもう一発。職員型は動かなくなった。
 タブレットからではよく分からないが、アンドロイドの硬い骨格を撃ち抜く銃だ。大口径のものを難なく振り回している。少女のような小柄な身体。強化の触れ込みは本当のようだ。
 警報は別に鳴らなかったが、他の待機警官、アンドロイドが起動する。銃を構え、警告。武器を捨て、手のひらをこちらに向けろ。両手を上げながらゆっくり跪け。
 しかし、彼女はそうしない。もう一度警告をし、すぐに発砲しないことが分かっているからだ。
 彼女は慌てず、キャリーバックを開けた。
 バッグの中には人間が折りたためられていた。パティは無造作にそれを床に転がす。
 女だ。パティと体型が似ている。
 死体なのか。肌の露出から全裸のようだ。身体の節々に金属の格子のようなものが取り付けられている。
 死体かと思われたその身体はゆっくりとだが起き上がった。
 モーター音とともに、猿人のように歩き始めた彼女は、両手を警官たちに向けた。手のひらにはオートマチックのサブマシンガンが握られている。
マズルフラッシュ。乾いた音と閃光とおもに警官が次々倒れていく。
アシストスーツ。重量物の移動や持ち上げの際、身体の負担を各種モーターや人工筋肉などで使用者の負担を軽減するスーツ。主に介護や工事現場で使用されるスーツ型の器具。アクチュエータ―の制御はコンピュータ―制御で行われる。
 ハッキングだな。
 哀れな女の表情はタブレットペーパーからでは、生きているのか、死んでいるのか分からない。ただ自分の意思に反して動いているのは確かだろう。制御装置を握られたアシストスーツの暴走が、職員たちをなぎ倒している。機械とはいえ、警官のプログラムを打ちこまれている以上、被疑者なのかパティに脅されている被害者なのか、判断せねばならず、そしてその保護を優先しなければならないからだ。これでは機械でも悩んでしまう。
 そんな逡巡の間に、パティは撃ち漏らした警官。職員たちを仕留めにかかる。目的のために。日下部、そしてここにいるチンピラルーキーの処分依頼。
「あれは、マリだ」とルーキー。
「知り合いか?」
「ああ、付き合っているんだ。彼女はいい娘なんだ。やさしくて。ただ付き合っている仲間がまずかった」
「そんな子が何でお前なんかと?」
「俺のグループと彼女のグループが五分の盃をかわす話になった時に」
「彼女に惚れて、お前は仲間を裏切ったのか?」
「ああ。すべては彼女のためだ。マリは本当はこの世界にいてはいけないんだ。彼女のグループのボスに無理矢理、情婦にさせられて……、抜けたがっていたんだ」
「お前もカタギになるつもりなのか」本当はいい子……。本当にいい子なら最初からこの世界には入るまい。
「ああ、俺もちょっと前まではヤンチャだったけど、彼女が俺を変えた。おれはマリを幸せにしなくちゃいけないんだ」
「だが、生きているのかどうか分からないぞ」
「それでも……」
「あいつは強いぞ。まともに言っては返り討ちだ。お前のお仲間たちがどうなったか、聞いていないのか?」
「知っているさ」ルーキーは土下座した。「頼む。こんな事を言えた義理ではないが、力を貸してくれ」
「お前、さっき俺を殺そうとしたじゃねえか」
「それを水に流して。頼む。マリは俺の希望なんだ。二人で人生をやり直したいんだ」
 日下部は保管室に残された証拠物件とやらを吟味する。
「おい。なんとか返事をしてくれ」
「……いいだろう」と日下部は答える。
 ルーキーは顔を上げる。うるんだ目の光に希望を灯している。
「どの道アイツを何とかしないと俺も生きてはここを出られない」
「ありがとう……ございます」思い出したかのように、敬語を使う。そして「でもどうやって?」
「不意打ちしかないな。俺の策ではお前の役割は重要で危険だ」
「何でもやるよ。何でも言ってくれ」
「いいね。その意気だ」
 日下部は段ボール箱の一つを開けると、中からビニール袋を取り出してルーキーに渡す。スマホだ。袋に張り付けられたメモにパスワードらしい数字が記されている。後で第三者が中に残ったデータを吟味するためそうしたのだろう。
「バッテリーの具合を調べろ」数字を打ち込み、中に入る。
「満タンとは言えないが、一通話ぐらいはもちそうだ」
「よし、こっちもだ」日下部も同じくスマホを手にしている。「電話番号を教えてくれ」スマホの設定からルーキーの番号を聞いて、こちらの番号を教える。古い機種で助かった。
「お前の彼女を助けるためには、あの女を始末しなければならない」
 うんうんとうなずくルーキー。
「俺が囮になるから、お前は隙を見て後ろから撃て」
「しかし、それではあんたが……」
「今のお前だと、マリちゃんとやらにすぐに近づいてしまうだろう」日下部は持っていた銃を渡す。そして部屋の壁に立てかけてあったパイプ椅子を手にした。
「俺はコイツでマリちゃんをひっくり返し押さえつける。銃の弾切れを狙ってな。そうなるとあの女は直接俺を始末しようと意識が俺に集中する」
「そこを狙う、か」
「そうだ。あの化け物を前に生き残るには、多少のリスクは覚悟の上。賭けに出るしかない。ギャンブルの対象らしくな」署内の地図を出せるか?
「アイツは君島の、コッペリアの情報から、さっきの牢屋を先に探すだろう」タブレットペーパーに映し出されて地図を指差して、
「ここで勝負だ。ここなら挟み撃ちにできる」
「分かったよ」
「指示はスマホを使う。俺の番号を登録して、常にスピーカーモードにしとけ。いちいち電話を耳に持っていく余裕はないぞ」
「……」
「どうした? 急がないとマズイぞ」
「緊張してきた」
「だったらこれを使え」段ボールからまた別の押収品を取り出した。ビニール袋の中には褐色の固形物が。
「ブラウンシュガー」
「お前のグループでも扱っているだろう」
 ブラウンシュガーとは新型ナノドラッグの俗称で、体内で自己増殖するため、市場に出回っているドラッグの約十分の一の量でトリップに至る代物。
「しかし……」
「少しなら禁断症状もでないさ。自身を持て。ビビッては事を仕損ずるぞ。その代償は俺たちの命だ。マリちゃんも含めてな」
「……よし。やってやる。やってやるぞ」袋を乱暴に破り、口に含むルーキー。そしてそのまま指定ポイントに向かうべく、保管庫から出て行った。
 頼むぜ。日下部もまたポイントへ向かう。


『モーターの音が聞こえてきたぞ。そっちはどうだ?』アシストスーツの起動音。
「こっちもだ」
『タイミングが大事だぞ、今どこにいる』
「うるせえ。言われた通り。例のポイントにいる。廊下の角だ」いけるぞ。薬物が効いてきたせいか、気分が大きくなってきているのが分かる。ビビりの自分にはかえってこの方がいいのだろう。ためらわずに、殺る。アイツも俺たちの仲間を殺してきたんだ。おあいこというものだ。
 乾いた銃声が断続的に続く。マリが撃ったものだろう。可哀そうに。もうすぐ解放してやる。そしてどこか遠くに逃げよう。家庭を持って幸せな人生を送る。クソみたいな人生から抜け出してやるんだ。
 絶対に成功する。あのおっさんはいけ好かないが、能力はある。俺をやり込めたからな。まあ、俺が本気を出せば、ぶちのめしてやる。さっきのはちょっとした油断だ。もうヘマはしない。
 モーター音がさらにけたたましくなる。金属が金属に触れる音。あのおっさんがパイプ椅子を使って何とかしているのだろう。何とか。きっと何とか。
『今だ。こっちは大丈夫だ』
 ルーキーは角を飛び出した。
『おい、パティちゃん。後ろからくるぞ』スマホのスピーカーが鳴る。
 マリが廊下に倒れている。スーツはすでに取り外されていた。関節部の駆動部分から白い煙が吹いている。そしてマリの眉間には黒い穴が開いていた。
 どういうことだ。
 混乱、を感じた時にはすでに遅かった。パティが目の前に現れ、指先で喉仏を掴まれた。そしてそのまま後ろに回り込まれ、首を折られてルーキーは死んだ。その笑顔を見ることなく。
『終わったか?』ルーキーのスマホから日下部の声。
「仲間じゃなかったのか」
『俺はそいつに仲間だとは一言も言っていない。後々、裏切る気だっただろう』
「そういうのは良くあることだ」
『戦場では特に、か?』
「……お前に何が分かる?」
『分からんよ。ただ一つ、俺もあんたも消耗品に過ぎない。バカにしているんじゃないぞ。このご時世、バカではシュツルムファウスト一つにもなれやしない」
「対戦車戦に使用する使い捨てのロケット弾のことか? 詳しいな。だが私があんたを始末することには変わらない」
『真面目だねえ、ホールディングスの依頼か? だが、このことは知っているか? 俺たちは誰かの賭けの対象だそうだ』
「賭け?」
 しめた。と日下部は思った。彼女の知らない情報を俺は持っている。だが、慎重に。俺が知っている事もたいしたものではない。
『俺やあんたは最近、誰かを処分する仕事が多いな。その様を何らかの方法で撮影してギャンブルにしているらしい』
「その根拠は?」
『コッペリアから聞かされたよ。ちなみに、おれとあんたは同じコッペリアを使用しているみたいだな』
「つまりはあんたの処分の対象は私という訳か」
『そうだ。正式のオファーだから、断るわけにもいかない』
「しかし、なぜだ?」
『上のやり方が変わったそうだ。俺は古株のようだからな。もう老害だよ。必要ないんだ。だが一つ分からない点がある。なぜあんたも処分の対象なんだ? あんたは若くて優秀なエージェントだ。ゴミ箱にポイするにはもったいないだろう』
「お前は何が言いたいのだ? まさか……」
『五秒……。五秒、あんたの前に顔を出してやる。その間に決めろ』
「俺の娘にならんか」パティの前に日下部は姿を現した。見た所、覇気のない初老の男。もうじき水分が抜けて枯れそうな木だ。
「三秒だ。いいのか? 撃たなくて」
「お前は何がしたいのだ?」
「お前を養子に迎えたい。ついでにあんたが始末される理由も一緒に探ろう。おっと五秒たった。俺は逃げる。俺の能力の一端が知りたければ、証拠保管室に行ってみるがいい。答えは次の〝戦場〟とやらで聞こう」
 パティは銃を撃ったが、すでに日下部は廊下の角に引っ込んで、消えた。
 戦場でこんなバカはいない。
 パティは笑う。今までとは違う種類のスマイルだ。

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