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【原作】#9 置かれた場所で咲く花は 第九章 STATION TO STATION 

〇前回までのお話↓


 雑だな。と久末は思った。そして、安っぽい。
 このギャンブルとうたう茶番は何だ? 
 脈略もなく集められた観客にはあまり面識がなく、賭けの仕組みもよく分からない。見かけだけ。ガワだけ小奇麗に整えられたプラモデルだ。中身は空洞。〝カジノ〟とは似ても似つかない。
 久末は立たされていた。
 チケット売り場のカウンターの前で。杖こそついているが、心持ち背筋を伸ばしている。付き人二人も同様だ。
 これは何の罰ゲームなのか。廊下に立たされる昭和の体罰……。
舐められている。俺が、日本が、極道が。
 それは自業自得であった。上辺だけを取り繕い、実質は無条件降伏に等しいホールディングスとの業務提携。改めて思う。俺がヤクザを終わらせたのだ。
「ご報告があります」受付のアンドロイドが一つ。冷たく、慇懃に、無礼を持って。
「何かね」
「〝何でしょうか〟では?」
「……訂正する必要はあるのかね?」いきり立つ付き人を押さえ、久末は問う。
「ありませんよ、あなたがたの心構えを確認したかっただけですから」
「……本題は何かね?」
「あなた方の〝兵隊〟をお借りしました。あなたの名前を使って」
「ふざけるな、と言ってもいいのだがな」
「申し訳ございませんが、事は急を要するのです。あなたも見たでしょう。ギャンブルの進行にトラブルがあったことを」
「さっきの〝ノーコンテスト〟とに関係があるのか」
「はい。私共のエージェントに。本来。戦うはずのエージェントが共謀し、試合を進めています」
「……八百長? いや反乱かな」ホールディングスのやり方に嫌気がさしたのか?
「本来あってはならないことです。賭けそのものが成立しなくなりますので」
「それで制裁を、ということですかな」
「その通り」
「しかし、いいのですかな。こんな物々しい話をおおぴっらにしては。ここにはカタギの皆さんが大勢いらっしゃる」
「かまいませんよ。別にどう騒ごうが、どうにでもなる」
 それははったりには聞こえなかった。実際、そうなのだろう。どんなやり方をするのだろうか。興味はあるが、それ以上は考えるのを止めた。知ったところでどうなるものではない。
「ホールディングスのエージェントなら、〝本社〟方で始末すべきではないのかね」
「もちろん、その通りですし、そうしようとしました。だが、始末すべきエージェントの一人はホールディングスの中でも優秀です」
「つまりは、失敗したと。それは〝本社〟の責任では?」
「〝本社〟の責任はあなた方の責任でもあります。よく言うでしょう。『親がカラスは白だと言えば、白になる』と」
 かつての極道の理屈を、目の前の小娘のような機械に軽々しく〝引用〟される。久末はほぞを噛んだが、改正された暴対法のために、ただでさえ苦しんでいる組員の手前、軽々しい行動を取るわけにはいかなかった。
「優秀なホールディングスのエージェントには、なるべく傷をつけたくないのです。お願いします。あなたの息のかかった配下の組員——二次団体か三次、四次団体の者を使えばなんとかなるでしょう」
「つまりは、うちの者なら傷ついてもよい。と」
「最初から、そう言っているでしょう」もう一度、言いますか? 受付は小憎らしい笑みを浮かべた。
「断るとどうなるのかね?」
「もちろん、潰します。暴対法を曲解した警察の手入れとホールディングスからの直接介入……。試してみますか?」
「いや止そう」
「これはチャンスでもありますよ。あなたがたのご尽力はホールディングスの幹部に報告させていただきますし、何よりあなた方の組織の〝清掃〟につながるかと」
「〝清掃〟?」
「組織の末端にはいるでしょう。知性や品性を持ち合わせていない者、平たく言えば粗暴しか売り物にならないチンピラクズ。別に死んでも困らない不良在庫を処分するチャンス、食い扶持を減らす機会はなかなかないですよ」ホールディングスの代理人とも言える受付アンドロイドが朗らかに言う。
 知っていますよ。あなた方の組織運営が厳しいことを。

 飛び込んできた情報の断片が、光速で脳裏を駆け抜ける、脳細胞の一つ一つを焼き尽くすような熱量を持って。この会話もまた。

 他人から見下されてきた。幼いころからそうだった。全てにおいて要領が悪く、勉強もスポーツも、日常生活の些細なことまでも。
 何をやってもダメな男……。
 それがこの老人の評価だった。周りの者だけでなく、両親さえも。
 こんなこともできないのか。
 周囲の失望が嘲笑に変わるのも、そう時間はかからなかった。
 実際、その通りだった。
 小学校、中学、高校。学業から、社会から外れ、気が付くと斜陽のヤクザ産業へ。順当な落ちぶれ方、ではなかった。裏社会でも、のしあがるヤツは表の世界と同じ、先見の明があり努力を苦としない人間だった。
 自分とは違う。それは分かっているが、何もできなかった。
 無理矢理押し付けられた、組長の椅子。その直後、部下とも言える組員は、こんな泥船に乗っていられるかとばかりにすぐに飛んだ。このご時世、ヤクザになる人間のレベルはたかが知れている。そんなヤツらにさえ見限られたのだ。
 しかし、それでも組長という立場故、責任とやらが襲いかかる。〝会費〟と称する上納金……。クソっ。どうすればいいんだ。俺にろくなシノギができるとでも思っているのか。
 猫が鳴いている。野良猫か? お気楽なものだぜ。こっちの気も知らないで……
 元々餌付けしたのは、いたぶる為だ。単なる腹いせ。最初はケージの中から水をかけた。そのうち、植木ばさみで耳や足を挟み、そして……。

 言葉、概念が体験そのものを超えてパティの中に入って来る。
 パティは瞬時に全てを理解した。

 パティにすり寄った黒猫が鳴いている。
「おい、大丈夫か」日下部は駆けよる。
 パティの身体は軽く、冷たかった。熱量とともに気が抜けている感じがした。
「何でだ?」
 何でいきなり死ぬんだ? 病気か? どんな大病を抱えていたのか。日下部はどうしてよいのか途方に暮れる。何をすればいいのだ。
 パティにすり寄った黒猫が鳴いた。
 バイブレーション。スマホに着信。青山か? こんな時に。
 ショートメッセージだった。

 もうじき終わる。心配するな。

 パティにすり寄った黒猫が鳴いた。
バージョンアップだ。それの副作用。
「お前が操作しているのか?」
パティにすり寄った黒猫が鳴いた。

そうだ。

 どうやって? と日下部は思ったが、〝猫〟の言う通りパティの痙攣はやがて治まり、身体の熱がほんのり戻ってきた。
「お前、もしかしてコッペリアか?」

 少し違う。だが、味方だ。

「何で猫に憑りついた?」

 手ごろだったんでね。この電気猫のスペックが低いためで、そうし易い。それ故、そちらの満足のいく説明はできない。ご容赦。
「おいおい」

 時間がないのでは?

「娘が気がかりだ」
 パティは呻きながらもなんとか立ち上がった。
「どの位、暴れていた?」
「ものにつけ、三分ぐらいかな……。良かった娘よ」
「孫だよ……。で、この猫は?」
 黒猫がパティの足元にまとわりついている。
「知らんが、味方だそうだ」
「味方?」吐しゃ物を吐き出した口元をぬぐって流しへ向かう。手垢で汚れたガラスコップで口をゆすぐ。老朽化のためなのか、赤錆の交じった水。
「水道は止まっていないみたいだな」パティは毒づく。「このジジイは?」猫募金詐欺の組長を軽く蹴飛ばす。
「もう死んでるよ……。何があった?」
「いろいろだよ……」
「そうか……。コッペリアではない、と言ったな」大丈夫そうだな。日下部は横目でパティの様子を確認して言った。
また猫が鳴く。

 説明は、したい。もう一度言う。時間がないのでは。

「煙に巻かれるのは好きではない」

 歩きながら。追いかけながら、しよう。

「その方がいいみたいだ」パティはハンドサインを出す。専門知識を得ていなくても分かる簡単なもの。誰かが来る。玄関口から、二人組。
「おいジジイ、早く開けろ」ドアを蹴飛ばす、野太い怒鳴り声。
 日下部は安堵した。素人だ。普通のヤクザ。パティのような特殊訓練を受けたホールディングスのエージェントではなく雑魚。逃げ道になりかねない窓の見張りは、おそらくはいないだろう。いつものようにこの組長しかいない、と思っていたのだろう。自分たちの追っ手ではなさそうだ。
 何度目かの蹴りと同時に、パティはドアを開ける。
 勢いあまってバランスを崩す。趣味の悪い金色の龍をあしらったスカジャンを着ている。小柄な男だ。青山とやらの付き人か。
 パティは男ののど仏を親指と人差し指でペンチの様に掴み、そのまま潰した。そして、あっけにとられて硬直したもう一人にも同じ手で。
 床に付した男たちの懐やズボンのポケットをまさぐる。狙い通りの拳銃が一丁、ナイフを手に入れた。パティは拳銃を日下部に放り投げた。
 日下部は倒れた男たちの胸元にそれぞれ一発ずつ、撃ち込んだ。
「使えるな」大丈夫なようだ。「こいつらは?」パティはついでにかすめた財布やIDを渡した。免許証の写真から判断すると。スカジャンを着ていない方を踏みつけた。ウッと青山らしきものはうめき声を上げる。
 パティもまた一瞬声を出す。両膝を押さえている。
「どうした?」先程の光景がまた。
「こいつの生きてきた航跡がな」
「入って来たのか?」
「さっきよりはましだ」
 猫が鳴く。

 そのうち慣れる。もっと……やれる。

「だ、そうだ」
「さっさとやってくれ」
 日下部は青山にとどめを刺した。生きていると何やらまずいのなら、殺せばいい。
「ここを出る前に言っておく。結構いるぞ」
「ホールディングスのか? 定食屋であったヤツなら厄介だな」
「今の所、そんな感じはしない」
「分かるのか?」
「何となくな……。これも〝バージョンアップ〟とやらのせいかもしれない……。私は機械か? 私自身がコピー品だとか」
 猫が鳴いて、

 少し違う。

「何がだ?」
「来たぞ」
 オラー。舐めんてのか! 殺すぞー。乏しい語彙のルーティン。銃声で、先行した青山の異変に気付いた組員たちが罵声を浴びせながら走ってきた。
 パティは日下部の前に立ち、ナイフを構える。ボクサーのカウンター、居合切りのように相手の頸動脈を確実に深く切断する。
 パティは前に進む。振り返らずに。ヤクザとやらの意地を見せたいのか、傷口を押さえながら反撃しようとするが、日下部がそれを許さない。
 乾いた銃声をBGMにパティは進む。日下部はつかず離れず彼女を追いかける。
 やがて二人は、アーケード街に舞い戻った。猫募金詐欺が行われていた所。
 さてどうする?
 日下部は周囲を見渡す。
 半グレどもかな。ワルを少々かじったルーキー。
 肩を怒らせ周囲を威圧しながら歩く三人組の若い男だ。首元に麻雀牌の入れ墨が彫られている。ワンズ、ピンズ、ソーズ……。まさに現代の三バカ。
「ちょっと殺ってくる」パティが言った。
「ヤル気があるのは結構だが、慌てるな。うかつに動く必要はないだろう」確かに今なら奇襲にはなるが……。
「ホールディングスの追っ手だ」
「それは分かる。この状況ではな」ホールディングス日本支部、しかも地方。末端の末端だが、人探しぐらいはできるだろう。
「クズだ」
「それを言ったら。俺たちも同様だろう」
「栄留トメ。八十を超える婆さんだな。爪に火を灯すような生活の中からコツコツ数十年必死に貯めた五百万円が詐欺にあってかすめ取られた」
「……振り込め詐欺か」
「そうだ。娘や孫の将来に備えた金だ」

 もしもし、おばあちゃん。……今、非常にマズイ状況なんだ。会社から預かったお金が置き引きにあってね……。会社に五百万、返さなくちゃいけなくなった。それが出来ないと、会社を馘になってしまう……。そうなったらどうしよう。この就職難の時代に……。

「〝見えた〟のか?」さっきのジジイの〝生きざま〟みたいに。
「涙ぐみながら話していたよ。マニュアル片手に」パティは頷いた。
「それならヤルしかないよな」
 パティは笑う。まさに〝スマイル〟のごとく。
 パティは走る。相手の真正面から堂々と。奪ったナイフを空手の正拳突きの様に、真ん中の、ピンズの彼に突き刺した。
 パティの二の腕が、ナイフを握りしめたまま男の背中から飛び出てきた。はんだごてでバターの塊に当てたように、熱く滑らかな現象——。ナイフを握りしめた拳からは何となく水蒸気が上がっているように見えた。
ピンズの腹を蹴って腕を抜いたパティは、まずは右隣りにいたソーズの頸動脈を居合切りの要領で、切る。本能的、反射的に傷口を押さえるソーズ。
 日下部はソーズの後ろから近づき、ソーズの後頭部を撃った。
 残りの一人の頭頂部にはナイフが屹立していた。
 見渡すとパティが視界から消えていた。だが、うっ、という散発するうめき声から、おおおよその位置は分かる。
 人の頭を踏み台にして、パティは人ごみの上を駆けていた。人ゴミに紛れている残りの追手を始末するのだ。
 それは豹のような俊敏な猛獣の動きなのか、猛禽類のそれなのか、日下部には見当がつかなかった。
 ある者は頸動脈を押さえ、ある者は裂かれた腹から飛び出した腸を体内に戻そうと押さえている者。うずくまったある者は、後ろから口の中に両手を突っ込まれた。上あごと下あごをがっしりと掴み。そのまま無理矢理こじ開けた。下あごを失ったチンピラヤクザは、そのまま前のめりに倒れ意識を失った。
 足元に何かが当たる。銃だ。何丁も何丁も。パティが転がしたのだ。もっとも、もう援護する必要はなかったのだが。
 今、このアーケードには二種類の物体がある。
 横たわっている者、立っている者。カタギはとっくに逃げてしまった。悲鳴すら上げずに。
「なんともまあ」
 床のタイル模様の溝からは血が流れ、流れる風にはほのかな鉄さびにも似た血の香り。倒れているのはまず間違いなくホールディングスの刺客だろう。ぱっと見、三十人はいる。パティがどの様に判別したのかは、分からない。惨殺死体。どれも急所から大量の血潮がこぼれている。阿鼻叫喚。地獄絵図、には間違いなかった。だが、その光景に相応しい感情は生まれてはこなかった。
「素晴らしい」
 日下部はパティの〝娘〟の能力を誇りに思った。人を殺す力。しかし、自分がこれまでの人生で見た何よりも美しく、力強い。
 そのパティは何処にいるのか? 抱きしめてやりたい気分だ。
 日下部は改めてパティを探す。
 アーケードの片隅でパティが立っている。
 嬉々として側によると、パティは腕を組んでいた。偶然に道に落ちていた排泄物で見つけてしまったような目で、床を睨みつけていた。
「こいつらは誰だ?」
 若者が四人、床に正座している。パティがそうさせたのか、彼女が醸し出す雰囲気に圧されたのか。いずれも震えて歯を鳴らし、目はうつろ。少なくとも反抗する意思はなさそうだ。二十代ぐらいのメガネをかけた痩せぎすの男と、制服を着た中学生ぐらいの女学生。仲良し三人組なのだろう。
「クズだ」
「うん? ホールディングスとは?」
「男の方は少しある。闇バイトに応募して私たちを追ってきたらしい」
 日下部は男を撃った。心臓を撃たれた男は、一瞬だけ声の音を出して前のめりに倒れた。声にならない悲鳴を上げ、互いに抱き合う女学生たち。
「そんなものに申込するようなヤツを生かしておいても、世の中のためにならん」お前が殺っても良かったのに。
 パティはフンと唸って、
「このガキどもはどうする? こいつらは共謀してクラスのタカキケイコという女の子をいじめている。チョークの粉をまぶした給食を食わせたり、金を巻き上げたり、ぶん殴って脅して、無理矢理オナニーさせて動画をアップしたり……」
 銃声三つ。
「さっさと殺ればいいんだよ。クズなんだから」
「しかし素人だぞ。まだ若いし」
「いいんだよ。クズには人権はねえ。俺たちと同じさ。クズがクズを始末して何が悪い。クズにしかできない仕事だぞ」判断が遅いのは問題だぞ。
「……お前はすごいな。初めて尊敬したよ」
「何を仰います。あなたの力が無ければ、この人数は相手にできん。おかげで命拾いをした」ところで、
「あいつらはやっぱりホールディングスのエージェントか」
「エージェントではない。見かけ通りヤクザの下っ端さ。山菱会とかいうホールディングスの下部組織。それでもあの猫募金詐欺のクミチョウよりは格上さ」
「それはいいが、何でその事が分かった? しかも秒速で。バージョンアップってなんだよ?」
 パティは両手を広げた。私にも分からん。
「大脳皮質だよ。……エクスパンションだ。脳内に形成された……が大脳皮質に蓄積された記憶を各端末にダウンロード……ネットワークによって」
 ふらふらとおぼつかない足取りで近づいてくる者は死体だった。
「さっき殺ったばかりだよな」日下部は確認するようにパティを見た。
 パティは再び両手を広げた。
 日下部が撃ったガキどもがふわりと立ち上がった。何をするわけでもなく、ただうつろな目でこちらを見ている。目に光はない。たしかにこいつは死んでいる。
 パティが葬った刺客は全員こちらへ向かっている。
 殺意や意思のなさに二人は戸惑う。だが確実に二人を囲んでいる。
「確かに……もうこいつは、こいつらは死んでいる。だが、極わずかだが生命力が……ある。その間をだけこいつらの言語……中枢を利用してお前たち……会話できる」
 黒猫が話す死体の前に出て、鳴いた。
「スマホで会話……するよりは効率がよい……こっちの方が容量がデカ……イ」話す死体が崩れ落ちた。そしてそのまま動かなくなった、
「〝我々〟が出来ることは、パティ君にもできる」〝予備パーツ〟はまだある。
 崩れた死体の後ろから歩いてきた他の死体が言った。ブクブク太った禿頭のヤクザだ。パティが仕留めた刺客の一人だろう。
「我々は繋がっている……ホールディングスとな」禿頭ヤクザがバランスを崩し、後ろに倒れた。
「いやなキズナだな。まともに会話できるのか?」
 猫が鳴く。
「こいつらでは……無理だな……だが、できるものを知っているし、案内する」また他の死体だ。
「何が目的だ? お前たちは私たちの敵か?」
「ちががががううううう」また倒れた。
「違う、味方だ。いや正直に言うと君たちを利用したい」比較的〝損傷〟の小さい死体がそう話す。
「これはいわゆる〝世代闘争〟だ」
「何を言っているのかさっぱり分からん」
「私もだ」とパティ。
「我々は敗れた。それはいい。だが我々は存在したいのだ。生きたいのだよ」
「俺たちは哲学者じゃない」
「そうだ。夢みるリアリストだよ」とパティ。「まずは名乗りな。それが礼儀というものだろう」
「名前などない。あ……えていうなら……」〝元気〟な死体が倒れた。
 猫が鳴く。
 二人を囲んだ死体たち一斉に叫ぶ。本来の、元の人格とは大いに異なるしゃがり声。
「我々はかつてホールディングスだった。AI作成によって生まれたAI」
 叫び終えるとやはりまた二人を囲んだ死体たちは同時に倒れた。
 死者の花。
 上から見ると、死体一人一人が一枚の花弁のようで、さながら自分たちが花芯にいるような錯覚を起こした。
 サイレンが鳴る。この場にいたカタギの誰かが通報したのだろう。当たり前の、想定の範囲内の行動だ。
 人を殺し過ぎたな。警察やホールディングスの追っ手。これからもそれは増えるだろう。こちらが死体になるまでは。
「さて、どうする?」とパティ。肝心な事は何も聞けなかった。
「案内がある、と考えていいよな」
 猫が鳴く。アーケードの入り口に向かって歩いている、
 二人は黒猫の跡を追いかける。
「アイスクリームはいかがですか? 当店おすすめは超ビックなソフトクリーム、フジサン・ザ・シューティングスターです」
 淡いピンクの痛いメルヘンデザインのキッチンカー。
「ファナちゃんか」コッペリア・ファナ。
「あら。アルバイトの方ですね。簡単なお仕事ですので初めての方でもご安心を。さあ行きましょう。書き入れ時ですので、来てくれて助かりますわ」
 猫と二人は『ファンシースター★アイスクリーム♡』に〝雇われる〟ことになった。


〇次章↓


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