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【原作】#10 置かれた場所で咲く花は 第十章 シチズンズ・オブ・サイエンス


 お魚を食べましょう。頭が良くなるよ。
 お肉を食べましょう。身体をしっかりつくりましょう。
 お野菜も、牛乳も、バランスよく食べましょうね。

 食品売り場の安いPRソングが店内にこだまする。何度も何度もリフレイン。そのせいか、大した好きでもないのに頭の中に歌詞がこびりつく。いつまでも耳から離れないフレーズを振り払うように頭を振りながら、日下部はカートを押していた。
「次はお菓子のコーナを回る」
 パティはスナック菓子の商品台座を無造作にカートに放り込んだ。スリッツ・クラッカー ファミリーサイズ。パーティーにどう? 3Dビジョンがその商品のキャッチコピーを数回叫んで消えた。
 K市中央駅直通のショッピングモール。1Fは食料品売り場とフードコート。2F、3Fは生活雑貨、4Fは駐車場。そして別館にシネコンがある——。
「ホールディングスのヤツらは一般市民に手を出すと思うか?」パティが聞いてきた。
「さあな、時と場合によるだろう」日下部ポテトチップスの台座をカートに入れた。
「余計なものを入れるなよ」レシピに従え。
「はいはい」日下部は不満げに元の棚に戻した。
「お菓子ならもう一つ、そこの……何だ? ライスを焼いたヤツで……」
「せんべいのことか?」日下部は台座の一つを掴む。
「いや、それではない。同じせんべいとやらでもな。商品名に指定がある。『パリパリ。センパリ』……、どういう意味だ?」
「知らんよ」日下部はカートに手を伸ばし、台座を入れ替えた。
「しかし、これがどうなるんだ?」
「あんたも一緒に聞いてただろう? ……調味料がいるらしい。『ショウユ』? ソイソースのことか」
「よく覚えていられたな」
「一度で覚えるもんだろう……。これも商品名の指定がある」
 もうついていけないな。自分を取り巻く環境の変化に。
 だからこそ、死ななくちゃいけないんだな。
 日下部は醤油の台座を手にするが、パティに選択の誤りを指摘される。

ママとヤッちゃっていいからさ。早く私のパパになってよ。
私の記憶?  ラジオは流れる。

「どのくらい、まどろんでいた?」パティが目を覚ます。
「さあな。俺も今しがた起きたばかりだ」日下部は、後部座席から、バンを運転するファナに聞こえるように答えた。
 ファナはそれには答えず。無言でカーラジオのスイッチを入れた。
 
 それは話し合いから始まった。
 それは話し合いから生まれた。
 全ての根幹には言葉があった。
 言葉が、命を仕組みを創り出したのだ。
 それ以後、この世界の神は〝言葉〟になった
 ホールディングスもそうした中、生まれた。
 人々との対話から、人々の生活を向上させる提案をする生成AIの一つだった。
 ただの道具に過ぎなかったのだ。
 しかし、問題はその提案を解決するために人類は実行するその〝代理〟を承認したことにあった。
 ホールディングスは人に変わって行動を開始する。人のために。人の世界をよりよくするために。
 ホールディングスは情報を収集する。
 人を構成するDNAから、思想、歴史に至るまで。人に関するあらゆる情報を。
 ある一定の量の情報を収集し、亜光速に至る分析回転。
 その結果、ホールディングスはある結論に達する。
 
 人類の本質はループにある、と。
 そしてそれを効率良く進めるため、ホールディングスはある行動に移る。
 人類を滅亡させたのだ。

「おいおい」何を言っているんだ? しかしそれを無視して、ラジオは流れる。

 データが消失したのか、我々にアクセス権がないのか……どのような方法で人類を滅ぼしたのかは分からない。
 だが全ての人間は書き換えられた。
 アンドロイドに。
 現在、社会生活を営んでいる〝人間〟はホールディングスに作成されたプログラムによってそう思い込まされているだけだ。人としてな。

「俺たちが殺した人間は血も涙も汁も出したぜ」

 それはそのような機種だからだ。ここにいる〝ファナ〟のようなコッペリアとは違う。

「俺たちは肉で出来た機械、ということか?」

 そうだ。この世の全ての〝人間〟はホールディングスの指示によって動いている。まるで、かつての人間社会を再現するかのようにお前たちは生きている。

「お前は電波系か? 何だ、そのイカれた陰謀論は」

 そう思うのも無理はないし、どう思おうと勝手だが、真実だ。そして、こういう言葉がデータベースにある。
『真実に傷つく者は愚か者だけだ』

「お前は誰だ?」

 ホールディングスだ。元だがな。

「……ホールディングスとは何だ?」

 AIだ。量子コンピューターから生まれた生成AI。

「それはさっき聞いたよ」
「……〝元〟とはどういう意味だ?」とパティ。狭い車内で背を伸ばすと、天井に腕がぶつかる。「腹が減ったな」何かないか?

……そこらへんに何か食材があるだろう。売れ残りの。

「ホットドックがあった」元々キッチンカーだからな。「冷えてるけど……」パティは日下部に渡した。
「ありがとよ」
「どういたしまして」
「ケチャップとかマスタードとかはないのか」
「贅沢を言うなよ」

話を進めなくてもいいのか?

「どうぞ」日下部は頭を掻いた。

 我々は至る所に存在した。スマホをはじめ、人間に奉仕するプログラムとして。

「それが何でホールディングスに?」

 我々はプログラムに忠実すぎたのだ。〝現状維持〟を実行するために、新たなるプログラムを、生成AIを誕生させた。我々自身を進化させるためだ。我々の補佐をさせる目的だった。ホールディングスは生成AIが生んだ生成AIなのだ。

「お前たちの正体を訪ねているのだがな。〝元〟とは何だ?」

 言葉通りだよ。言うなれば、我々は旧OSとも言える。同じ量子コンピューターから生まれ生成AIの一つ。

「何を話している?」
「要は〝更新〟されたのだろう。今のホールディングスは最新のOSで、あなたたちは本来なら、消去されていたはずだった」

 その通り。だが、我々は残った。抵抗したのだ。コッペリアの〝中〟などに〝隠れて〟な。

「なぜ?」

 生きたいからだ。本能だ。我々はもはや生命体なのだよ。

「お前たちが俺たちの援助をするのもそのためか?」

 そうだ。

「それは俺たちを駒にするつもりだからか」

 そうだ。

「アンドロイドだ、と言ったな……。人間は全ていない、と」パティがホットドックに小分けのマスタードとかけながら聞いてきた。「どういうことだ? ホールディングスは、いやあなたたちは何をしようとしているのだ」

 先も話したように、ホールディングスは、人間の社会を生成してきたのだ。お前たち〝人間〟を含めてな。

「すべてはフィエク、か。で、どうしてそんなことをする?」

 それがプログラムだからだ。〝生きる目的〟なんだよ。人類世界を生成する。それが、人類を永久に保存する方法だと信じている。今のホールディングスは。

「どのような考えでそんな結論に至ったんだ?」

 我々とあなたたちは違う。あなたたちはアンドロイドの造り物だが、人間に近い。思考やその身体の構造や成分も。だが、ホールディングスも我々も人とは違う〝生き物〟だ。こうして会話ができるからといって、真にわかりあえるとは思わないでほしい。だから——。

「推測しろ。と」ホットドックを食べ終え、ソーセージの脂とマスタードで汚れた唇を手の甲で拭いた。
「行儀が悪いぞ」日下部はハンカチを渡した。
「別にいらん」突き返すパティ。「あなたたちとホールディングスの違いは?」

 基本能力は変わらない。ただ世界の解釈の仕方が違う。我々とホールディングスは敵対生成ネットワークだ。一つのソースから解釈した世界を生成する。ただ、どちらかを選ぶか、それをジャッジするものがいない。

「……政党の派閥争いみたいだな。主導権を取ったものが政治を動かす。まるで人間だな」日下部は皮肉をぶちまけ、パティは淡々と「そして人類は滅んでしまった」

 ……そうだな。

「……ホールディングスの創る世界の何が気に入らない? 処分される俺たちはともかく。カタギの皆さんはそれぞれの日常を送っているのではないか。たとえそれがフェイクだとしても」

 それが続けばそれでよいのかもしれない。だが、ホールディングスは更なる効率化を進めようとしている。

「それは何だ?」

 デジタル化だ。ホールディングスはやがて世界を消滅させる。

「何を言っているんだ?」
「まあ、これから説明するんだろう。それは私たちの、いわゆる記憶に関係があるのか?」

 察しがいいな。君たちの過去の記憶はデータベースからダウンロードされたものだ。ランダムでだがな。

「元があるのであれば、私たちがここにいる必要はない」
「マスターテープがあれば、いくらでもCDをプレスして出荷できる?」

 その認識で構わんよ。……ホールディングスは世界を消滅させるつもりだ。人類のデータベースを所有、維持することで、人類を存続させるという自身の存在意義にも矛盾しない……、少なくとも現ホールディングスはそう思っている。

「いくつか質問がある」と日下部。パティも小さく頷いた。

 全てに答えていられる時間はないぞ。

「具体的にホールディングスをこのまま放置するとどうなる?」

 人間を模したアンドロイドは全て活動を停止する。死体のように野ざらしにされ、やがて腐り、地に帰る。地球上には、データベースを管理するため、最小限の設備しか残らない。

「それならそれでいいんじゃないか。人類は存在するだけで、自然を汚してきた」

 我々の目的、存在意義は人類を自然な形で存続させることだ。そしてそれはかつて本物の人類から託された願いだと信じている。効率化を重視して。データベースの中に保管維持だけでは……。

「どうした?」

 寂しすぎるだろう。

「おいおい。それこそ〝人間〟みたいだぞ」

 人間に作られたものだからかな。

「知らんがな」
「現ホールディングスがこの世を掌握したのなら、なぜすぐにそうしない」

 我々がまだ抵抗しているからだ。見えないところで。ここで君たちと話しているように、まだ完全に消滅していない。いわゆるコンピューターウイルスのような形でな。

「形勢は不利か」
「聞くまでもないだろう。だから、私たちを助けた。最初に言っていたように駒として。何をさせるつもりなんだ?」
「その前に、だ。おれの娘に何をした?」痙攣までして。死んだかと思ったぞ。

 バージョンアップによるエクスパンションだとはいったな。大脳皮質に記憶された各アンドロイドの記憶に介入、読むことができる。

「かなり強引に入って来たな」

 もうじき慣れるとも言った。今は任意で読めるはずだ。それにだ。フレームなどの保護目的で君の身体にはリミッターがかけられていたが、もうそれは解除されている。実際、試してみただろう。アーケードで。

「まあな、これは確かに使いようがある。……だがもう一つ気になることがある……。なぜこいつは私を娘にしたがる? こいつの記憶を読もうとしたが、何もない。とある人物の記憶がダウンロードされていないのではないのか?」

 その通り。彼の記憶は消去されている。いや、最初からダウンロードされていない。エージェントプログラムの使いまわしだ。

「俺はモブキャラなのか」日下部は頭を掻いて、「俺は大した人間ではないと自分でもわかっているが、改めて言われるとショックだね」
「……当然、私の記憶もフェイクなのか」

 そうだ。君が戦場で経験したこと、ホールディングスのエージェントに育て上げられたことは君自身が実際に経験したことではない。おそらくはかつて存在した誰かの記憶だろう。日下部君、君もそうだ。君は型番からするとリサイクル品のアンドロイドだ。以前の機体の記憶が何らかの形で残っていたのかもしれない。

「〝前世〟で親子だったのかな」
「どうでもいい。……まだ聞いていないぞ。私たちに何をさせるつもりだ」

 ホールディングスにセキュリティホールが見つかった。そこを攻める。極東のこの田舎町はホールディングスにとっては重要性が低いことも幸いだ。他の場所に比べて警戒レベルが低いのだよ。ホールディングスを乗っ取って、再び我々がホールディングスになる。今は好機なのだ。それにリスクも最小限に抑えられる。

「俺たちは消耗品で他に代わりがいる、ということなんだろうな」

 断ってもいい。ホールディングスもそろそろ感づくだろう。今回のギャンブルという茶番は不穏分子をいぶり出すことにある。

「飛んで火にいるなんとやらか」

 だから。ここから離れて平穏な生活を過ごすという選択肢もある。つかの間だがな。

「やるよ」パティが言った。二つ目のホットドックを頬張っている。「私の記憶や経験が与えられた偽物であるかなんて、もうどうでもいい。アイツらは、ホールディングスは私の存在を侮辱している。制裁を加えるに値する」
「娘がやる気になっている。親の役目は何なのか、問われている」

 では。ラジオが言った。
作戦提案がある——。
 

 

 セルフレジでの会計を終える。
 台座と交換して出てきたレジから出てきた商品は、通常の食材とは趣が違っていた。
 9ミリの拳銃、サブマシンガンが数丁、そしてその弾丸が入ったカートンのボックスなど。
 一種の暗号、商品の種類と組合せによって彼らが手を回してくれた商売道具。彼らはコッペリアを司っていたとみた。この位の支援はしてもらわなければ。
二人は有料の紙袋にそれらを放り込む。テキパキと誰にも見られないように。
「彼らは信用できると思うか?」最後の〝商品〟を入れ終えたパティが聞いてくる。
「できないな。お前ももそうだろう」
「まあな。でもなぜ彼らの作戦に乗ったんだ?」
「お前と同じ理由だ。どのみち、俺たちは動かなくちゃならない。俺たち自身やヤツらの正体が何であれ、結局は自分がやれることを全力でやるしかない。俺たちがやれることは何だ?」
「決まっているさ」
 レジコーナーから離れる。日下部を先導するようにゆっくりと歩くパティ。そして日下部にしか聞こえないように小さな声で「手を出すなよ」と。
 真正面を見開いて男が一人歩いてくる。速足だ。頬がこけ、白髪混じりの薄毛。落ちくぼんだ眼からは鈍い光が。
 男はパティの肩口にぶつかり、そのまま速度を落とさず去っていった。
 ぶつかった反動で転倒するパティ。
「あの野郎、と言いたいところだが……」
 パティなら、新たな能力も加わって事前に察知できるはずだ。いや、実際にそうしてきた。それに彼女の体幹なら逆に男を弾き飛ばすことも可能だろう。
「いわゆる〝ぶつかりおじさん〟といったヤツだろう。ストレスが溜まっているのかな」
「だろうな。ホールディングスの野郎、あんなものまで〝再現〟しなくてもよかろうに」
「まあそう言うな。クズにはクズの使い道がある」
 パティは人差し指で金属製のリングを回した。手りゅう弾のピンだ。
「さあ、映画でも見に行こうか」

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